― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかし、あるところに貧乏(びんぼう)な正直男(しょうじきおとこ)があった。働き者で、働いて働いて働いたけど、いつまで経(た)っても、暮らし向きはちいっともよくならない。それでも病気だけはしたことが無(な)かった。男は、
「そのことがご利益(りやく)かも知れん」
というて、毎日、仕事の行きと帰りには、村の鎮守(ちんじゅ)の杜(もり)の観音(かんのん)さまに参拝(さんぱい)をしていたと。
ある晩、畑仕事(はたけしごと)の帰りに鎮守の杜に行き、観音さまに掌(て)を合(あ)わせて、
「おらが元気で働けるのは、お観音さまのおかげ。これ以上を望んでは罰(ばち)があたるかもしれんが、出来れば、もうちいっと暮らしがよくなるようお力添(ちからぞ)え下さい。今のまんまじゃ、おらが食(く)うてゆくのがせいいっぱい。おらも、ひとなみに嫁をもらいたくなりました。どうぞ、お願い申します」
と、願うた。
そしたら、ちょうどそのとき、観音堂の中(なか)に村の呑(の)んだくれが一人入(はい)り込(こ)んでいて、お供(そな)えのお神酒(みき)を盗(ぬす)み呑(の)んでおった。
男の願い事(ごと)を聴(き)くともなく聴いているうちに、いたずらしてみたくなった。お堂の内(なか)から、
「われは観音であるぞ。お前(まえ)の願い事、もっともである。叶(かな)えてやるから、ようく聴け。いいか、これから、われの屋根から飛び降りよ。頭からだぞよ。さすればお前の願事(ねがいごと)、きっと叶うであろう。ゆめ疑うな」 というた。
男はびっくりして、ははぁって、平伏(ひれふ)した。
男は観音堂の屋根に登り、掌を合わせ、眼(なまぐ)をつむって、
「どうぞ、お願い申します」
というと、頭から飛(と)び降(お)りた。
ガツンと頭を打(う)って、男は動かなくなったと。
びっくりしたのは、お堂の内にいた呑んだくれ。まさか本当にやるとは思わなんだ。
酔(よ)いも吹っとんで、
「俺、知らん、俺知らん」
というて、お堂を飛び出して、逃げて行った。
あとには、ひっそりとした鎮守の杜と、倒れている男と、観音さまだけがあった。
しばらくしたら、観音さまの眼が光はじめたと。光って光って、倒れている男を照らしたと。
真夜中頃(まよなかごろ)になって倒れていた男が目を覚ました。
「はて、ここはどこだ」
と、あたりを見まわしたら、いつも見慣(みな)れた鎮守の杜だ。観音堂もある。
「ああ、そうだ。おらは、あの屋根から飛び降(お)りたんだっけ。はて、それにしては頭もどこも痛くない。不思議なこともあればあるものだ。あそこから落ちたら、死んだっておかしくないのに」
というて、起きようとして、やっとおかしなことに気が付いた。視野(しや)がせまくて物(もの)が見(み)えにくい。眼、片方、どこかへ吹きとんでしまっていたと。
手探(てさぐ)りでさがして、ようやく拾(ひろ)って眼穴(まなぐあな)に入れた。入れたはいいが、表裏逆(おもてうらぎゃく)にはめ込んでしまったと。
そしたら、腹(はら)の中(なか)がよーく見えた。五臓六腑(ごぞうろっぷ)、血の流れまで見えた。
「ほほう、これぁいい塩梅(あんばい)になった」
というて、観音さまにお礼(れい)を述(の)べて帰ったと。
次の日、板(いた)に身体(からだ)の仕組(しくみ)を描(えが)いて立(た)てかけたら、大評判になった。
「人の身体がそんなに分かるなら、悪いところも分かるべ」
「んだ。悪いところが分かったら、治(なお)し方も分かるべ」
というて、見て呉(く)れという人が、次から次へとやって来た。
見てもらった人、皆(みな)が皆、お礼だいうて、作物(さくもつ)やら銭(ぜに)やら置いていく。
貧乏だった正直男(しょうじきおとこ)は、人に喜ばれて、お金も貯(たま)ったと。
そしたら、一人じゃ忙(いそが)しかろう、というて仲人(なこうど)が現(あら)われ、嫁(よめ)を貰(もら)うことが出来た。観音さまにお願いしたとおりに叶(かの)うたと。
この正直男の隣(となり)に欲深親父(よくふかおやじ)が住んでいたと。
隣の親父、貧乏男の変わり様(よう)がうらやましくてならない。
「どうして身体の内が見えるようになった」
と、しつっこいのだと。あんまりうるさいので、観音さまの屋根から飛び降りたことを、教えたと。
その晩、隣の親父は、嬶(かかあ)に、
「おれも、腹の中が見えるようになって来る」
というて、早速、鎮守の杜へ出掛けて行ったと。
観音さまの屋根に登り、飛び降りた。そしたら、両方の眼、吹き飛んだと。手探(てさぐ)りでさがしたら、あった。
「あった、あった。さあ、腹の中見えろ」
というて、それを眼穴にはめ込んだ。が、なあんにも見えない。それもそのはず。はめ込んだのは、眼ではなくて、栃(とち)の実(み)だったと。
役者がセリフを間違えたり、しくじりをすると、「トチッタ」というけれど、「トチル」という言葉は、ここから来た言葉だそうな。
どんびんさんすけ ほうらの貝(かい)。
民話の部屋ではみなさんのご感想をお待ちしております。
「感想を投稿する!」ボタンをクリックして
さっそく投稿してみましょう!
とんと昔、あるところに何代も続いた大きな家があった。 土佐では、古い家ほど火を大切にして、囲炉裏(いろり)には太い薪(たきぎ)をいれて火種が残るようにしよったから、家によっては何十年も火が続いておる家もあったそうな。
「栃眼」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜