愛がいい。
― 秋田県 ―
語り 井上 瑤
再話 今村 泰子
昔、昔。あるところに分限者(ぶげんしゃ)の家があって吉之助(きちのすけ)ていう人いてあったすと。
小さいときは体弱くて、少し風吹けば風邪(かぜ)ひくし、ちょっとよけい食べたなてれば腹痛くなったていうし、あまり弱いために伊勢(いせ)の神明(じんみょう)さまに、どうか丈夫に育ちますようにと願かけ(がんかけ)したすと。
「年の十九も二十にもなったえに、願果たしに一人参宮(ひとりさんぐう)させますて拝(おが)んであるから、お前行ってこい」
て、親達、旅の仕度(したく)して出してやったと。
何日も何日も、ずっとずっと歩いていたけぁ、向こうの方から旅の風(ふう)した女の人出はってきて、吉之助の行く方に歩いてくると。
道中(どうちゅう)の茶屋(ちゃや)でお茶飲んだり、餅コ食ったりすれば、その女も同じことするすと。
吉之助も、とうとう、
「どこさ行くすか」
て、聞いたけぁ、
「伊勢参りする」
て、いうので、そいだば同じ方向だからとて一緒に行くことにしたと。
その女の名前だば、お松コていうのであったと。
吉之助とお松コは仲よく三十三番の観音(かんのん)さま、お参りしたと。あっちこっち手間かかる観音参りもし、伊勢参りも果(は)たして、ある日、茶店(ちゃみせ)で一休みして、お互い(おたがい)の家の方角に別れることになったと。
茶店で一杯酒コ飲んで、さあ別れましょうて言うてるうち、吉之助は眠ってしまったと。
お松コぁ吉之助起こせば気の毒だし、起きるの待ってれば暗くなるべからと、茶店の支払済まして、
「吉之助さんによろしく言って下さい」
て、一人で立って行ったと。
吉之助、冷たい風きて目ぇ覚ましたけぁ、お松コはいない。茶店の人さ、
「どこさ行ったべかぁ」
て、聞いたけぁ、
「あまりよく寝てるから、起こさねぇで行くて、銭コ払って行ったではぁ」
て、言ったど。
「お松コぁ、おれの知らねぇこまに行ってしまったかあ、残念だ」
て、うろたえて、被(かぶ)った笠(かさ)とったけぁ、ホタンと紙コ落ちたと。紙には、
恋しくば たずねきてみよ
和泉(いずみ)の国の
こがくが関(せき)は
三階の塔(さんかいのとう)
て、書いてあった。
「和泉の国てどこでら、向こうの道から出はってきたのだがら、あと追っかけて行ってみるべ」
て、歩き出したと。
だども、背丈(せたけ)もあるような茅(かや)の原ばかりで、
「とても、これでは行かれねぇ」
て、戻ってきて、親達のいるとこさ帰ってきたと。親達、
「おや、おれ家(え)の吉之助、一人参宮果たして戻ってきたか」
と喜んで、お祝いしたと。
吉之助、お松コのことばかり思って、なも(なにも)面白くねぇけど。分家(ぶんけ)の父(てて)、吉之助よんで、
「兄(あに)、お前なにして面白くねぇ顔してるのか」
て、きくので、吉之助、お松コのこと話したと。
「今晩は、お前の祝でみな集まっているから、まんず笑顔してくれ。明日、親達さ話して、和泉の国まで訪(たず)ねて行けばいい」
て、いわれて、翌朝、親達から暇(ひま)もらって、和泉の国へ出かけたと。
途中(とちゅう)細ぇ道ばりで、茅の原を分けていくと兎(うさぎ)道やら狐(きつね)道やらあって、心細いかぎりだ。
そのうち日が暮れかかって、狐の火でも、がま小屋の灯(あかり)でも、何か灯コ見えねぇかと目ぇこらしこらし行ったら、ポツンと灯コ見えた。
「ああ、良(え)がったぁ」
て、訪ねて行ったら、ぼっこわれ家(や)であった。
白髪爺(しらがじい)コ一人いて、焚火(たきび)のあかりで背中あぶりしていたと。
「今晩は、どうか泊めてくだはれ」
「誰だぁ」
「道間違っただやら、ここさ来た。どうか一晩泊めてくだはれ」
その白髪爺コ親切で、晩餉(ばんげ)食った残りだとて、飯食わせてくれたと。
「お前、どこさ行くなだ」
「和泉の国の、こがくが関というところだ」
「ここも和泉の国だども、こがくが関だば、この山の陰だということ聞いているが、行ったことはねぇ。なにしに行く」
て、聞くから、こうして三十三番一緒に廻(まわ)った話して、
「お松コ訪ねて行く」
て、言ったら、
「あそこに行くには岩山で、こけてしまう。もどるだな」
て、言ったども。
「崖から落ちても行く」
とて、出かけたと。
途中まで送ってきた白髪爺とも崖の下で別れ、あっちの岩さだきつき、こっちの木の根っコさつかまり、這うようにして登って行ったと。
よほど登ったら、岩のテラテラしたところに来たと。逆さ滑り(さかさすべり)して落ちるようだところだ。あともどりも出来ねぇ。
吉之助、お松コと一緒に読んだ、三十三番の普陀落(ふだらく)読んだと。そして、目をつぶって、谷底さヒューンて飛び込んだと。
衿元(えりもと)にスースー風あたって、吉之助が気が付いたば、フワフワした草の上に寝ていたと。
「おれ、谷底さ飛び込んだはずだ」
と思いながらあたりを見まわしたら、大っきい沼見えた。そこに三階の塔あるのが見えたと。
沼は風吹けばタフタフ、タフタフって波立ってきて、柳さ風あたって淋(さび)しいんだと。
「お松コー、お松コー」
て叫(さけ)んだと。が、お松コぁ姿を見せない。
「お松コー、なして出てこねぇかあ」
て、言って、ずっと向こうを見たら、空と続くところに、人の家らしきのがあったと。
「お松コの家はあそこだなあ」
って行ったら、段々大きい家見えてきた。
普陀落言いながら歩いて行ったら、子供達が、馬の糞(ふん)投げたり、石ぶつけたりしたと。
それでも普陀落読んでいたら、家の中で聞いていたものか、
「その人はなも(なにも)おかしな人でねぇ。三十三番観音廻ったとき、あれ一緒に読んでいだ」
てある家で戸を開けて女が出てきた。やせ衰えた女だったと。
「もし、吉之助さんでねぇすかぁ。吉之助さん」
そのやせ衰えた女はお松コであったと。
吉之助にだきついてきて、泣きながら、
「よくここがわかりましたね」
て言う。
「お前と、あそこの茶店で別れも言わねぇかったし、あまり残(なご)り惜(お)しくて訪ねてきた」
「よくきてけた。さぁさ、まんず入ってくだはれ」
吉之助は、これこそ三十三番普陀落のおかげだと思って、その晩はお松コの家さ泊まったと。
お松コの家では、
「一人娘で他所(よそ)さ呉(け)らいねぇから、吉之助、婿(むこ)になってもらいたい」
て、言われたと。
吉之助も承知(しょうち)したと。
その晩げ、お祝儀(しゅうぎ)で大した振舞い(ふるまい)であった。
したども、今でいう夜九時ごろになったら、
「今度ぁお松コの番だあ」
て、みな逃げるように帰って行ったと。吉之助、おかしな様子だなと思って、お松コに聞くと、
「こがくがでは、嫁に行かない女は※白歯(しろば)の娘ていうて、三階の塔の主さ、毎年一人ずつ人年貢(ひとねんぐ)としてあげることになっている。今夜は私の番であった」
ていう。吉之助、びっくりした。
「それだば、二人で行こう」
て、言って、仕度したと。
二人とも葬式(そうしき)と同じ白装束(しろしょうぞく)で木箱さ入って、和尚(おしょう)にお経読んでもらって、沼の上の舟に乗せられたと。
挿絵:福本隆男
村人たちは、舟を沼の向こうへ押しやると、
「そうら、うしろを見るな」
て、言って逃げて行った。
二人の入った木箱を乗せた舟は、さよら、さよら、三階の塔の近くまで行ったと。
お松コと吉之助は、声を合わせて三十三番普陀落を読んでいたと。
そしたら、塔の上から十二の眼(まなぐ)ランランと光らせて木箱をじいっと見ている魔物が見えた。
二人は、いよいよ懸命(けんめい)に普陀落を読みつづけた。読みつづけ、読みつづけ、読みおえたそのとき、その十二の眼を持った魔物の頭がとつぜん割れて、大きな火の玉ドーンて、東の空さ飛んで行ったと。
吉之助とお松コは、三十三番普陀落の力で沼の主を退治(たいじ)し、人年貢あげなくてもよくなったとて、村人たちから喜ばれたと。
吉之助はここの村の頭(かしら)となって、お松コと二人仲よう暮らした。
とっぴんかたり、さんしょの実
※白歯(しろば)・・・
昔の人は結婚すると歯にお歯黒(おはぐろ)
を付けて黒くしていました。
白い歯とは未婚の女性の事をいいました。
愛がいい。
信心の力と、愛のおかげですね。感動長編でした。( 30代 / 女性 )
「一人参宮」のみんなの声
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