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ようかやま
『八日山』

― 徳島県阿波郡 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、むかし、
 今の徳島県(とくしまけん)な、昔は阿波(あわ)の国(くに)というた。蜂須賀(はちすか)の殿(との)さんが治(おさ)めておったが、その何代目のときだったか、来る年も、来る年も作物(さくもつ)の不作(ふさく)が続いたことがあったと。
 江戸の幕府(ばくふ)に上納(じょうのう)をおさめる頃がきても、お城の米蔵(こめぐら)はからっぽ、ご金蔵(きんぞう)もからっぽ。
 そこで、大阪商人から借金をすることになった。
 ところが、大金につりあうような抵当(ていとう)が、これまた無いときた。

 
 殿さん、頭をかかえて、家老(かろう)たちを集め、
 「早よう、何ぞよい智恵(ちえ)を出せ」
と、せっついたと。が、家老たちは、
 「ああでもない、こうでもない」
と、くり返すばかりで、ちいっとも良い智恵が出んのだと。
 あきれた殿さん、お庭に出て散歩しとったら、庭師が池のそばに小さな山を造っていた。


 気散(きさん)じに声をかけたと。
 「これ、その山には名はあるのか」
 「へえ、わしの里、阿波郡林村(あわごうりはやしむら)の八日山(ようかやま)を真似(まね)てみました」
 「ふむ、あんな山でも、ここに据(す)えると何やら良さげに見えるな」
 殿さん、妙に感心(かんしん)して見とったが、そのうち、にこっとした。すぐに家老たちのところに戻って、
 「八日山を借金のかたにせい」
と、いうた。 

 
 家老たちはあっけにとられた。
 「と、殿。いくらなんでも八日山では。あれは山と名がついてはいるものの、丘(おか)と呼んだ方がふさわしいような、ほんのちっぽけなハゲ山ですぞ」
 「さよう、とてもとても、抵当だなんて」
 「誰があの八日山というた。余のいう八日山とは、ほれ、庭で池の側(そば)で造っている、あの山のことだ。庭師にきいたら、あれも八日山とな。見ようによっては、なかなか面白(おもしろ)い」
 「はあ」

 「口上は、こうじゃ。

 ――阿波の国に八日山という名山(めいざん)がござる。姿がええとか、形がええとかを超(こ)えておる。どんなに足の早い者でも、ふもとを一廻(ひとまわり)りするのに、夜となく昼となくぶっ通しで駆(か)けたとしても、まず、たっぷり八日はかかるところから八日山と名付けたくらいじゃ。ことのほか殿が気に入りじゃ。――

 と、こうじゃ。こないゆうたらなんぼ相手が大阪商人でも、ほんまにしてかかるじゃろ。
 かたを取りに来たら、あの池の側の山を持って行かせい」


 「なるほど、これは妙案(みょうあん)。しかし八日かかるというのはどうも」
 「あ、いやいや、そういうことであれば、こういうことだ。あの山のふもとといえばこの城のふもと。となればだ、一廻り八日かかる道筋(みちすじ)は、いくらでもあろうぞ」
 「あ、なるほど」
 「ふむふむ」「ふんふん」
 家老たちはやっと納得がいったと。

 そこで、すぐさま殿さんの使いが海を渡り、その手で、まんまと大阪商人をだまくらかしてきたと。
 これに味をしめた殿さん、そののち、よその国から金を借りてこなければならんようなことがおこると、きまって、
 「それ、八日山をもちだせ」
と、命令をくだすようになったと。
 今でも阿波の人は、小さな事を大きく言いふらすようなことに出会うたら、
 「八日山を言いなはんな」
というて、たしなめるそうな。

 
 むかしまっこう、猿のつびゃぁぎんがり ぎんがり。 
  

「八日山」のみんなの声

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