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これひこはち はよはなせ
『これ彦八、早よ話せ』

― 島根県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔あるところに彦八がおった。
 彦八の近所に禅寺(でら)があった。茶菓子をめあてに、彦八はいつも遊びにいっていた。行くたびに和尚さんは、
 「彦八、珍しい話はないか」といわれる。そこで彦八が話をすると、和尚さんは、
 「それは嘘ではないか」
というのがくせであったと。ある日も、
 「彦八、珍しい話はないか」
といわれたので、彦八、
 「和尚さんはいつでも『嘘ではないか』とおっしゃるので、今日は話さない」
というた。そしたら和尚さん、
 「いまからは決して『嘘ではないか』と言わぬ。いわぬから話せ。もしいうたら、わしの頭をなぐってもいい」
 といわれた。


 「そんなら、まあ、しましょうかい。今日、ここへ来る途ちゅうで珍しいものを見ました」
 「ほう、どんなだ」
 「寺の石段の下の茶店の爺(じい)に呼び止められまして、『いい茶釜が手に入ったので飲んで行け』とうれしそうに言われました」
 「ふむふむ」
 「ことわるのも何んじゃ思うて呼ばれて来たんですがの、爺が自慢するだけあって、それはうまい茶でした」
 「ほう、わしもあとで立寄ってみるか。して、茶釜は一体どんなだった」
 「はい、桐の木の茶釜で茶を沸かしよりました」
 彦八がこういうたら、和尚さん、思わず、
 「それでは茶釜が燃えるではないか。これ彦八、そりゃ嘘じゃろう」
といわれた。
 彦八、和尚さんの頭をポカリなぐったと。


 次の日、彦八は、また、寺に行った。
 そしたら和尚さん、
 「これ彦八、昨日のなぐられた頭がまんだ痛いわい」
 「そりゃあ、ええあんばいです。痛いうちは『そりゃ嘘じゃろう』とは言われませんじゃろうから」
 「ふむ、それもそうじゃ。今日は嘘じゃろうとはいわんから、何か珍らしい話はないか」
 「ないことはないですが、はたして終(しま)いまで話すことが出来ますかどうか」
 「何んじゃ、どんな話じゃ。決して『嘘ではないか』と言わぬ。いわぬから、早よ話せ」
 「それでは。昨日和尚さんをなぐった帰りのことですがの」
 「ふむ」
 「和尚さんをなぐった当座は、気持がスカッとしとったんですがの、歩いているうちに何やら心が落ちつかなくなってきよりました」
 「ほう、そうじゃろう、そうじゃろう」


 「たたりがありはせんかいなあ思いまして、それで験(げん)なおしに村の鎮守さまを拝んでおこうて思案しまして、一本橋を渡りよった」
 「これ彦八、うーん、まぁよい、話せ」
 「真中どころへさしかかったとき、橋がぐるりとまわり、この彦八、必死にぶらさがったげな。ぶらさがって、ぶらさがって」
 彦八、このあと、ぷっつりおしだまった。話さない。まだ話さない。
 「これ彦八、どうした。その先をはよ話せ」
 「いや、話さない」
 「話せ」
 「はなせば落ちる」

 昔こっぽり。

「これ彦八、早よ話せ」のみんなの声

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