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さかべっとうのじょうど
『さか別当の浄土』

― 新潟県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔あるところに魚釣(さかなつ)りの上手な男がおったそうな。
 ある日、男は、屋根の葺(ふ)き替(か)えをしようと、村の人達を頼んだと。
 村の人達は、
 「お前さんは雑魚(ざこ)釣(つ)りが上手だすけに、今日は、家の方は俺らたちに任(まか)して、雑魚でも釣って来て御馳走してくれんか」
と言うので、
 「そうか、相済(あいす)まんの。そんなら家の方は頼んます。俺ら、一所懸命釣って来ますけに」
と言うて、釣竿かついで川へ行ったと。
 男が釣糸をたれて、じいっと魚信(あたり)を待っていたら、いつからいるのか、傍(かたわら)に美しい娘が立っておったと。 

 
 娘は、にこにこ笑って、
 「もし、お前さん、さか別当の浄土へ行って見ませんか」
と言う。
 「さか別当って何だ」
 「行けば分かります」
 「ふ―ん。いいところか」
 「はい、それではご案内しますから、ちょっとの間、目をつぶっていて下さい」
 男が目をつぶると、娘は男を背負たと。

 
 水を潜るような感じがしたと思うたら、もう着いておった。
 「ここがさか別当の浄土です」
というので目を開けて見ると、そこは、今まで見たことも聞いたこともない立派な御殿の座敷だったと。


 「いや、こりゃ、なんともはやぁ」
とたまげて、きょろきょろしていると、大勢の美しい娘たちがたくさんの御馳走を運んで来くるのだと。
 「さあ、さあ召し上がれ」
 口に運ぶどれもこれもがとろけるようなおいしさで、男はさんざん食べて呑んだと。
 目の前では、舞い姫たちが色とりどりの羽衣(はねぎぬ)のようなのを着て舞い踊り、何ともいい気分だ。
 毎日毎日、美味しいものを食べ、面白い遊びを見たりしている間に、大分月日が経ったと。
 
 ある日、男を案内してきた娘が、
 「お前さん、私の婿殿になってくださるまいか」
という。
 男はふたつ返事で承諾したと。
 夢のような楽しい日を送っているうちに、やがて子供が出来、それからまた何年も過ぎて、孫が出来、彦孫(ひこまご)が出来、やしゃごまで出来たと。

 
 ある日のこと、男は、ふと昔のことを思い出したと。
 「俺らは、考えてみれば、屋根の葺き替えの日に川へ雑魚釣りに来たのだった。いつまでも帰らないで、こうして永い年月(としつき)を面白く暮らしているども、いったい、その後(のち)家はどうなったろう」
 そう思うと矢もたてもたまらなくなって、嫁に、
 「俺ら、家が気になって来た。一度帰って見ようと思う。すまんども、また元の所まで送ってくんないか」
と言うた。嫁は、
 「そんなことなら仕方ありません。送ってあげましょう」
と言うて、男に目をつぶらせ、背負って元の川へ戻してくれたと。
 川へ戻ってみると、不思議なことに、いつか置き去りにした釣り竿がそのままになっている。
 首傾げながら家へ帰ってみると、何と、家では、村の人たちが大騒ぎで屋根葺きのまっ最中だ。 

 
 「あれ、あれ、お前さんはもう戻って来なさったか。こんなに早よう帰ったのでは、雑魚も大して釣れなかったろう」
 男は、何が何だか分らなくなって、ぽかんとしとったが、やっと気を落ちつけて今までの出来事を物語ると、皆々、不思議なこともあるもんだと言い合ったと。
 さか別当とは、目(ま)ばたきする間に時が流れる、そんなところだと。

 いちごさっけ。

「さか別当の浄土」のみんなの声

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