山姥怖い、けど馬子あそこまでする必要があるのかな
― 岡山県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
なんと昔があったと。
むかし、あるところに馬子(まご)があった。
馬を追って、毎日毎日山道を通(かよ)っていたと。
寒うなった頃(ころ)、山向こうの人に頼(たの)まれて、馬の背(せ)にブリをくくりつけて山道を行ったと。
そしたら、誰(だれ)かが、
「おい、おい、待ってくれぇ」
と、いうそうな。
「ありゃ、えらい声がするが、何じゃろう」
と思うて、馬子は怖(おそ)ろしくなり、馬の尻(しり)ピシャン、ピシャン叩(たた)いて急がせたと。
そしたら、また、
「待ってくれぇな」
というて、追いついたと。振(ふ)り返って見たら、怖ろしげな山姥(やまんば)がおる。
「馬子どん、馬が背負(せお)うとるもんは何だ」
「これはブリだ」
「そうか、そんならそのブリをひとつ、わしにくれぇや」
「お前(め)ぇにゃやれん。これは人に頼(たの)まれたもんだ。みんな届(とど)けにゃならんもんだ」
「ふん、そんなら、お前をとって食うど」
「やぁ、そりゃあこまる」
仕方ない。馬子はブリを下ろして、一匹(いっぴき)やったと。
山姥がブリを食うてる間(ま)に逃(に)げようと思うて、馬の尻をピシャンて叩いたら、山姥はもう食うてしもて、また、
「おお、うまかった。もう一つおくれい」
というた。
「そねいなこと言うたかて、お前に今やっ分足りねぇんだ。これ以上足りなくなったら頼まれた人へ届けられん」
「ふん、そんならまぁ、仕方ねえ。お前をとって食うぞ」
「やぁ、そりゃあこまる」
仕方ない。馬子はブリを下ろして、みんなやったと。
山姥がブリを食うてる間に逃げようと思い、馬の尻ピシャンて叩いたら、馬も荷を下ろして軽うなったもんで、早よう歩いたと。
そしたところが、山姥はもう食うてしもうて、また、
「馬子どん、馬子どん、ぶりだけじゃあ足らんけぇ、馬の足一本おくれぇや」
というた。
「馬鹿(ばか)をいうな。馬の足やったら、馬はよう歩けん」
「ふん、そんならまぁ、仕方ねぇ。お前をとって食うぞ」
「やぁ、そりゃあこまる」
仕方ない。馬子は馬の足一本切断(き)ってやったと。
山姥が馬の足を食うてる間に逃げようと思うて、馬の尻ピシャンて叩いたら、馬は、きっとん、きっとん歩いたと。
そうしたところが、山姥はもう食うてしもうて、また、
「もう一本おくれぇや」
というた。
「馬鹿いうな。そんなにやったら、馬はよう歩けん」
「ふん、そんならまぁ、仕方ねぇ。お前をとって食うぞ」
「やぁ、そりゃあこまる」
仕方ない。馬子は馬をそこへ置いてやったと。
山姥が馬を食うてる間に、とっと、とっとと馬子は逃げたと。
駆(か)けて駆けて駆けていたら、山の中の一軒家(いっけんや)があった。その家に駆け込(こ)んだと。が、どうも気味悪い家だったと。屋根裏(うら)にあがって、藁(わら)の中に身を縮(ちぢ)めて隠(かく)れたと。そしたら、
「やれこりゃ、やれこりゃ」
いうて、山姥が入って来た。山姥の家だったと。
「あぁ、今日は馬子どんに思わぬ御馳走(ごっつおう)になった。腹(はら)がきつうなったから、このうえは何も食わずに寝(ね)ようか。いやいや、餅(もち)でもひとつ焼いて食うてから寝よう」
山姥は、こうひとりごと言うて、大きな餅を出して焼くそうな。
「ふん、餅が大分焼けたけぇ、正油持って来よう」
山姥は、正油とりに行ったと。
屋根裏では馬子が腹ぁ空いてならん。今にもクゥッと鳴りそうだと。鳴ったら山姥に気付かれる。あの餅とってやろうと思うたと。
萱竹(かやだけ)一本、壁(かべ)裏から抜(ぬ)きはがして、そぉっと下へおろし、焼けた餅に突(つ)きさして、ひっぱり上げて食うたと。山姥が戻(もど)ってきて、
「ありゃ、正油出して来てみりゃあ餅が無うなっとる。我家(わがや)のネズミは素(す)早いのう。仕方ない。もう一度焼くか」
というて、また餅を出しに行った。その間に馬子は萱竹を下ろして正油を突きこぼしたと。
山姥が餅を出してきたら、正油がこぼれている。
「どうも、うちのネズミにゃ困ったもんだ。まぁええ、食わずに寝よう。どこへ寝るか。屋根裏で寝よう」
というた。
馬子は、
「ありゃあ困った。ここへ上がって来ちゃあじき見つかって、食われちまうぞ」
と、身を縮こませていたら、山姥、梯子(はしご)を上がりかけて、
「どうも、腹が太うなったせいか、上がるのが大儀(たいぎ)だなぁ。まぁ、釜(かま)に寝るとするか」
というた。馬子は、ホゥと胸(むね)をなでおろしたと。
そのうち、グゥ、グゥ、グゥと大きないびきがきこえてきた。馬子は、
「ふん、こりゃあ、よう眠(ねむ)っちょるわい。ひとつ、蒸(む)し殺してやろう」
というて、音をさせんように、そろり、そろり梯子を降(お)り、大きな石を抱(だ)いて来て、釜のフタの上に乗せた。また拾うて来ては乗せ、また拾うて来ては乗せた。釜の下に杉(すぎ)の葉を入れて、火打ち石をカチ、カチ打ったと。
そしたら山姥が、
「カチカチ鳥が歌うてる」
いうて、また寝たと。
馬子は、火をゴンゴン燃(も)やしたと。そしたら山姥が、
「ゴンゴン鳥が歌うてる」
いうて、また寝たと。
馬子は、杉の葉をぼんぼんくべたと。そしたら山姥が、
「ありゃ、えらい熱うなったぞ、けど眠たい。ああ眠たい。けど熱い。こりゃ熱い。起きようかなぁ。
ありゃあ、フタが重とうて、重とうて。やぁ、フタがとれん。これじゃあ死ぬるがなぁ」
というた。馬子が、
「おお熱かろう。ブリと馬を食うた罰(ばつ)だ」
というたら、
「ああ馬子どんか。勘弁(かんべん)してくりょう。ブリも馬もみな返すから、勘弁してくりょう」
となきごとをいうたと。
「なに、勘弁するものか。死んだ馬、同じ馬はもう返ってこん。お前も焼け死んでしまえ」
「おれが悪かったぁ」
山姥は泣き言いい、釜の中ではねて、はねて、とうとう焼け死んでしもうたそうな。
それでも馬子は、火をもっとたいて、黒焼きにしたと。そして粉にしたそうな。
その頃(ころ)ちょうど、ほうそうが流行(はや)っていて、どこへ行っても、ほうそうで寝ているのだと。
馬子は、山姥の黒焼きの粉を紙袋(かみぶくろ)に入れて、
「やまんばの黒焼きは、ほうそうの妙薬(みょうやく)。
やまんばの黒焼きは、ほうそうの妙薬(みょうやく)。」
というて、売り歩いたと。
そしたら、うちにくれ、うちにもくれ、いうて、あっというまに売れてしもうたと。
馬子は、銭(ぜに)をいっぱいもうけて、分限者(ぶげんしゃ)になったそうな。
むかしこっぽり。
山姥怖い、けど馬子あそこまでする必要があるのかな
六月は梅雨(つゆ)の季節だが、昔からあんまり長雨が降ると嫌(きら)われるていうな。 昔、昔、あるところに親父(おやじ)と兄と弟があった。 兄と弟が、夜空を眺(なが)めていると、お星さまがいっぱい出ている。兄は弟に、 「あのお星さまな、あいつ、雨降(ふ)ってくる天の穴だ」というたと。
「山姥と馬子」のみんなの声
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