― 鹿児島県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに博奕(ばくち)の好きな男がおったと。
今日も負ける、明日も負けるで、すっからかんになってしもたと。
「もうどもならん。鉢(はち)もって門口(かどぐち)に立たにゃ食えん」
いうて、あちらこちらの国々を巡(めぐ)って歩いたと。
ある日、あるお堂のところで日が暮れた。
「神さま、神さま。今夜一晩泊めてたもれ」
いうて、お堂の中に入ったと。
暗闇(くらやみ)に目が慣れたら、祀(まつ)ってある神さまのお像の前に金が小積みになっているのが見えた。男は、
「神さま、神さま、二人で博奕しましょうや。ところで神さま、わしに十文(じゅうもん)貸して下され」
いうて、サイコロ博奕をはじめたと。
「ありゃ、わしが勝ち申した」
「今度は二十文儲け申した」
「また勝った」
そうやって夜も白々と明けた頃、
「神さまにゃあもう元金(もとがね)が無くなりやした。これでおひらきにしましょう」
いうて、小積みになった金を全部持ってお堂を出ようとしたら、
「おい、おい」
いうて呼び止められたと。
男がおもわず振り向いたら、声を掛けたのは、木で作られているお像の神さまだったと。
「わしも博奕好きだか、やっと貯まった金を全部お前にとられてはかなわん。ついては、この糸巻きをくれるから、元金を少々置いていってくれんか」
「そんな物をもろうてもなあ」
「何の何の、この糸巻きは人の鼻を高くしたり低くしたりすることの出来る宝物だ。金持ちの鼻を『鼻出えー、鼻出えー』いうて、ふところで糸を延ばせば、延ばしただけ鼻が高(たこ)うなり、『はなひっこめー、はなひっこめー』いうて糸を巻けば、元に戻る」
「へえ、そら面白いなぁ」
いうて、男は金を半分置いてお堂を出たと。ふところはあったかいし、いい物もろうたし、ほくほくして歩いていると、町中(まちなか)に、長者殿(ちょうじゃどの)の御殿(ごてん)があった。窓から一人の美しい娘が外をながめていたと。
「ほい、いい思案が浮かんだ」
男は、ふところで糸巻きの糸をのばしながら、
「鼻出えー、鼻出えー」
いうた。
そしたら、娘の鼻が突然、グイ、グイグイっと、四、五間(けん)ものびたから、さあ大変。娘はアワワワワーいうて倒れたと。
それ医者だ、やれ占いだ、坊さんも呼べ、いうて、家中大騒ぎだと
その晩、男は何気ない風をよそおって長者殿の家へ行った。出て来た婆(ばあ)やに、
「わしは長い鼻をちょこっと引っ込めたことはあるが……」
いうたら、婆やは急いで奥へ行って長者殿に話した。長者殿は転がるように出て来て、
「治して下され。お礼は望みどおり致します」
いうたと。
男は娘がふせっている所へ行って、六枚屏風(ろくまいびょうぶ)を立てまわし、
「ナムナムナム鼻ひっこめ、鼻ひっこめナムナムナム」
と祈(き)とうをする真似(まね)をしながら、ふところの糸を巻いた。
そしたら娘の鼻が、クイ、クイクイクイと縮んで、元のようになったと。
娘はもちろん、長者殿は大層(たいそう)喜んだ。お礼をするというのを断って、
「それより、この病気はまた出るかもしれん。用心なされ。わしは帰ります」
というと長者殿は、
「そら困った。また鼻が高うなっては嫁にも行けん。聟(むこ)も来ん。そうじゃ、あんたさんがここの跡取り聟になってくれればええ。ぜひそうして下され」と拝(おが)むように頼んだと。
男は、まんまと長者殿の家の聟に納まったと。
そいぎいのむかしこっこ。
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昔、あったそうじゃ。谷峠に人をとって食ってしまう、大変に恐い猫又が棲(す)んでいたと。強い侍(さむらい)が幾人(いくにん)も来て、弓矢を射かけるのだが、どれもチンチンはねて、当てることが出来なかった。
「鼻のび糸巻」のみんなの声
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