むこのおにたいじ
『婿の鬼退治』
― 青森県 ―
語り 井上 瑤
再話 川合 勇太郎
整理・加筆 六渡 邦昭
むかし、ある村にすぐれた娘(むすめ)をもった長者があった。
娘は器量もよいが、機織(はたおり)の手が速く、朝の六(む)つから暮(くれ)の六つまでに一疋(いっぴき)の布(ぬの)を織(お)り上げてしまうほどだったと。
これほどの娘なので、なかなか適当(てきとう)な婿(むこ)がみつからない。長者は、娘と競争して勝った者に娘をやる、と、婿えらびの立札を出した。
すると、若(わか)い男が訪(たず)ねてきて、
「俺(お)らは何も識(し)らない百姓(ひゃくしょう)だけど、朝の六つから暮の六つまでに、千刈田(せんかりだ)を打ちます」
というた。
千刈田といえば一町歩(いっちょうぶ)もある。一日で打つには、普通(ふつう)二十人もの男がとりかかってやっとのところだ。長者は喜んで娘と競争させた。
男は着ていた半天を、水口の小さい田の畔(あぜ)に脱(ぬ)いで、鍬(くわ)を握(にぎ)るとパッパ、パッパと土をおこして行った。昼の飯を食ったのか、食わなかったのか、昼頃(ごろ)にはもう半分以上打ってしまって、暮の六つはるか前には千刈田を楽々と打ち上げ、帰って来たときには娘の機はまだ三尺(さんじゃく)ほど残っていた。男が、
「俺らの勝ちだな」
というたら、娘は、
「いや、あの水口の半天の下には、まだ田が二枚(まい)ほど残っている」
と指さして教えた。
若者は半天を忘(わす)れたことにやっと気がつき、とぶように田圃(たんぼ)へ駆(か)けつけ、半天の下の小ンまい田を二枚打って戻(もど)ったら、娘の機は切り落とされ、一疋の布が出来上がっていた。若い男はくやしがったと。
二、三日たって、大工がきた。
「朝の六つから暮の六つまでの間に三間四方のお堂を建てることが出来る」
という。
朝の六つから娘は糸をつむいで織りはじめ、大工は木材をきざみはじめた。昼頃には敷石(しきいし)の上に土台がおかれ、柱が立ち、空が茜(あかね)色になるころには屋根も出来て、まるで人間技(にんげんわざ)とは思えない速さだ。最後には玄関(げんかん)の扉(とびら)がつき、賽銭箱(さいせんばこ)がつけられ、〆縄(しめなわ)まで張(は)られた。
大工は道具を納(おさ)め、木屑(くず)なども片(かた)づけ、出来上がったことを娘に知らせた。
娘は、まだ二尺ほど織物が残っていたが、
「どこのお堂でも、玄関には彫(ほ)り物が飾(かざ)ってありますが、出来ていますか」
とたずねた。
大工はびっくりして、ノミを取り、千匹の蜘蛛(くも)の子と天女の姿(すがた)を刻(きざ)んで、玄関にとりつけたときには、娘の機は、とうに切り落とされていた。大工はくやしがったと。
今度は狩人(かりゅうど)がやってきた。
「わしは、毎日朝の六つから暮の六つまでの間に、白鳥二羽か、見当らぬ日は鶴(つる)か雁(がん)か、大鳥を必ず二羽は獲(と)っております」
というた。
翌日(よくじつ)、狩人は若い者(もの)を一人つれて出かけ、娘は機に向った。
狩人は三里、四里と獲物(えもの)をさがして歩いたが、白鳥はおろか、雉子(きじ)一羽、兎(うさぎ)一羽すら見つけられない。
「こんな日は珍(めずら)しい。しかし、陽(ひ)がまだ高いから大丈夫」
と、歩いているうちに沼(ぬま)のほとりに出た。そこに二羽の白鳥が浮(うか)んでいた。
狩人は狙(ねら)いを定め、二羽の白鳥がうまく重なったとき、引き金を引くと、一つの弾(たま)で二羽の白鳥をうちとることが出来た。
一羽を若い者に背負(せお)わせ、一羽を自分が背負って、野や山を急いで、暮六つよりはるか前に長者の家に着いた。
娘はこの日、どうしたことか、暮六つの鐘(かね)が鳴っても一疋の布を織り切ることが出来なかった。狩人は長者の娘の婿になったと。
狩人は張り切って毎日すばらしい獲物をとってきたと。だけど、娘は少しも喜んでくれない。実は、娘の心は三間四方のお堂を建てた大工にひかれていた。
ある日の夕方、娘は大工が建てていったお堂のまわりを歩いていると、急に黒雲がわいて、強い風が吹(ふ)き、どしゃ降(ぶ)りの雨となった。あたりが暗くなって、手を延(の)ばした先が見えない程だったと。が、黒雲は、急にわいて、すぐに去って行った。そして、娘の姿も消えてなくなった。
長者の家では驚(おどろ)いて、四方八方人をやって探(さが)しまわったが、どうしても分らない。狩人が、大工が建てたというお堂をよくよく見ると、その細工には、鬼(おに)の牙(きば)や爪(つめ)の跡(あと)が見える。
「これはきっと、山奥(おく)に棲(す)む鬼が、娘に懸想(けそう)して、死に物狂(ぐる)いでやった仕事にちがいない」
狩人は鬼のうわさを聞き歩きながら、子犬をもらったり、拾ったりして集めては、お堂の中に入れておいた。喧嘩(けんか)しているうちに、一番強い白犬が、一匹だけ大きくなって残ったと。
狩人は、長者に訳(わけ)を話し、この白犬をつれて鬼が棲むと聞いた山へ行ったと。この山超(こ)え、あの山超え、いくがいくがいくと、ある山に一軒(いっけん)の笹小屋(ささごや)があった。入口に白髪(はくはつ)の老人がいて、気に切り株(かぶ)に腰(こし)かけて狩人を見つめていた。
「どこへ行くのだ」
「嫁が鬼にさらわれたので、鬼の棲家(すみか)へのりこんで取り返しに行くところです」
狩人が詳(くわ)しく訳を話すと、老人はうなずいて、
「いかにも向うの山は、鬼の棲んでいる山だ。そういう訳なら、いいものをお前にやろう」
というて、懐(ふところ)から小さな瓢箪(ひょうたん)を出して、くれた。
「この瓢箪には酒が入っとる。いくらついでも無くならない。しかも、鬼が呑(の)むと酔(よ)うて力が抜(ぬ)ける。人が呑むと力が強うなる」
それからまた、蕗(ふき)の葉に包んだ白米を袂(たもと)からだして、
「これは力米というもので、この米を人間が食うと百人力が出るが、鬼が食うと力が抜ける」
というて、くれたと。
狩人は老人に礼をいうと、白犬とともに向うの山に分け入った。ごつごつした岩だらけを登っていくと、門があった。中に入って、
「頼(たの)もう」
と案内をこうと、なんと嫁が出て来て、二人してびっくりした。
嫁は涙(なみだ)を流して詫(わ)びをいい、鬼に連れ去られてから今日までのことを話したと。そして、
「鬼たちは今みんな留守(るす)だから隠(かく)れていて下さい。きっと逃(に)げるスキがありますから」
というて、白犬を伏(ふ)せてある大ガメの中に隠し、婿を米ビツの中に隠まい、鉄砲(てっぽう)は庭の隅(すみ)の箕(みの)の下に隠した。
ほどなくして、鬼どもがぞろぞろと帰ってきた。そしたら親分鬼が、
「人臭(くさ)いぞ、誰か人が来ていないか」
というので、嫁は、
「誰(だれ)も来ていない」
と、とぼけた。
「うんにゃ、たしかにおる。しかも男の臭(にお)いじゃ。隠しておくと、ひどい目にあわせるぞ」
というて、こわい顔をした。
婿はこれを聞いていて気が気でない。米ビツから出たと。
「わしは狩人で、道に迷(まよ)ってここに来た。無理にお願いしてお宿をさせてもらいました。どうぞ今夜一晩だけお宿をお願いします」
というと、親分鬼は、婿の腰(こし)にぶらさがっている瓢箪から酒のいい匂(にお)いがしているのに気づいて、目をやった。婿は、白髪の老人からもらった瓢箪を差し出したら、親分鬼はのどを鳴らして呑(の)んだ。
「これはうまい。こんなんは初めてだ。おォうまい。お前(め)たちも呑んでみい」
というて、子分達に瓢箪をまわして、婿に、
「泊(と)めてやる」
というた。
酒はいくら呑んでも、呑むそばからこぼこぼと湧(わ)いてつきないので、親分鬼はじめ子分鬼たちは、すっかり酔っぱらって、動けなくなったと。
挿絵:福本隆男
みんなが酒を呑んでいるうちに嫁は、婿殿(むこどの)から渡(わた)された力米を炊(た)いてお握りを作っておいた。自分の食べ婿も食べた。万人力になった二人は、酔っぱらって力の抜けた鬼どもを鉄砲でうつ、マサカリで首をはねるして、寝(ね)ている順に退治(たいじ)していった。
親分鬼はさすがに起きあがり、婿に向かってきた。婿はマサカリを横なぐりに払(はら)って首をはねた。そしたら、その鬼首が飛びまわって婿をかみ殺そうとする。嫁が大ガメから白犬を出すと、白犬は鬼首にとびついて、かみ殺してしまった。
婿が娘を連れて帰ったので、長者は盛(さか)んなお振舞(ふるま)いをして祝ったと。
それからはこの若夫婦(ふうふ)の仲もむつまじく、長者の家はさらに栄えたそうな。
とっちぱれ。
「婿の鬼退治」のみんなの声
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