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おにがこわがるなまえ
『鬼が怖がる名前』

― 埼玉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔昔、あるところに正直(しょうじき)爺(じい)と欲(よく)爺が隣(となり)あって暮(く)らしていたと。
 あるとき、正直爺が山へ茸(きのこ)狩(が)りに行ったら、いつの間にか奥山(おくやま)へ分(わ)け入(い)っていて、はや日が暮れかかっていたと。
 「家では婆(ば)さが心配(しんぱい)しているじゃろなあ」
 正直爺、茸を背負(しょ)っていくらも戻(もど)らないうちに真っ暗(まっくら)になった。
 「さあて、困ったなあ」
 どうすべえか、って煙管(きせる)を取り出して一服(いっぷく)していたら、向こうで灯火(あかり)が点(とも)った。


 「やれ助かった」
って、行ってみたら、婆さんが一人いたと。
 「婆さ、泊(と)めてもらえんじゃろか」
って、お願いしたら、
 「泊めてやってもいいが、ここは鬼(おに)の遊び場だから、あとで鬼が来るだよ。それでもいいかい」
って、言った。
 「鬼が来てもいいから、泊めておくんない」
 「そんなら、まあ、上へのぼって屋根裏(やねうら)で寝(ね)ていなさい」
って、言うので、正直爺上へのぼって屋根裏部屋に寝かせてもらったと。
 そしたら、真夜中(まよなか)頃になって、ドヤドヤって、鬼が大勢(おおぜい)来た。あっちに車座(くるまざ)、こっちに車座でバクチ打(ぶ)ったと。銭(ぜに)をたあんとまき散らして、えらいジャラジャラ遊んだと。


 上の床板(ゆかいた)の隙間(すきま)からのぞいていた正直爺、いい思案(しあん)が浮(う)かんだ。で、いきなり上の屋根裏から跳(と)び下りて、
 「渡辺(わたなべ)の綱(つな)!!」
って叫(さけ)んだ。そしたら鬼たち、
 「渡辺の綱だら鬼でもかなわね。逃(に)げろ、逃げろ」
って、銭を全部まき散らして、ブーンて逃げ走って行った。
 正直爺、婆さに、
 「この銭、どうすべえか」
って聞いたら、
 「鬼たちは、銭なんか、またすぐに見つけてくる。みんなさらって行け」
って言われた。 
 正直爺、その銭みんなさらって、家へ帰った。木の箱へジャンジャランってあけたと。
 そしたら、隣の欲爺がその音聞きつけてやってきた。

 
 「まあ、おめえ、何でそんなに銭儲(もう)けしたや」
って言うので、正直爺、教えてやったと。
 だんだんに語って、上から跳び下りる段(だん)では、鬼の怖がる名前を叫んだら銭置いて逃げてったと教えてやった。渡辺の綱の名前は言わなんだ。
 隣の欲爺、
 「よし聞いた。おれもそうすべえ」
って、次の日、茸狩りに山へ行ったと。
 奥山へ分け入って、茸を採(と)らずに昼寝(ひるね)して、暗くなったから向こうを見ると灯火が点った。
 その婆さのところへ行って、
 「この間、こういう爺が泊まったそうだが、おれも泊めてくれ」
って言った。
 「そんなら、まあ、泊まり」
と言うので、勝手に上の屋根裏へのぼって行ったと。

 
 真夜中頃になって、鬼がドヤドヤやって来た。鼻、ヒクヒクさせて、
 「人っ臭(くせ)えじゃねえか」
 「うむ、そうじゃ。はあ、腹あへってるから捕(と)って食うべえや」
って言う。そしたら婆さが、
 「何を言うているやら。それはさ、さっきこの婆さが屁(へ)えこいたヤツ。その残り香(が)だべさ。恥(は)ずかしいから鼻ヒクヒクさせてかぐんじゃないよ。そんなこと言ってないで、早いとこ遊んで、帰って寝なさい」
って言ったら、鬼たちは、
 「そうかな、それじゃまあ、そうすべえや」
って、車座になってバクチ打ったと。
 銭をたあんとまき散らして、えらいジャラジャラ遊んだと。
 上の屋根裏からのぞいていた欲爺、その銭が、間もなく我がものになるかと思うと嬉しくてならない。


 「鬼が怖がる名前を叫ぶんじゃったな。はあて、まあ、鬼は朝がめっぽう弱いんじゃったな。そんなら、ようし」
 欲爺、いきなり屋根裏から跳び下りて、
 「朝田(あさだ)ゾヨウ」
って叫んだ。
 そしたら鬼たちは、びっくりはしたものの、
 「アサダ ゾヨウなんて知らね」
 「んだ、怖くもね」
って、欲爺のこととっつかめえて、ちぎって、皮から骨から、みな食っちまったと。

 家では欲婆、爺さ、早いとこ銭背負って帰って来ねえかなあ、って待ち続けていたと。
 そだから、人真似(ひとまね)と欲たかりはするもんでねえ。

  おしまい、ちゃんちゃん。

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