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さけのみじいとかべのつる
『酒呑み爺と壁の鶴』

― 埼玉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、あるところに酒屋があったそうな。
 ある日の夕方、その酒屋にひとりの爺さんがやって来た。ねじれ木の杖をついて、うすよごれた着物の前あわせのところから、あばら骨が見えとる爺さんだったと。
 「酒をな、ちょこっと呑ませて下さらんか」
 「へい まいど」
 「ゼニはないんじゃがええかな」
 「なんじゃ?!」
 酒屋の主人がきょとんとして、爺さんを見ると、爺さんは悪気のない、いい笑顔でニコニコしとる。思わず、
 「ゼニはええ」
といってしまったと。 


 酒屋の主人が酒をついでやると、爺さんはいかにもうまそうに呑んだと。呑んでしまうと、
 「ああ、うまかった」
といって、ニコニコして出ていった。
 「ゼニをもらわんのに、酒をついでやったのは、始めてじゃ。どうしたんじゃろ」
 爺さんの後姿を見送りながら、酒屋の主人はしきりに首をかしげておった。

 
 次の日の夕方、また、きのうの爺さんがやって来た。ニコニコして、
 「酒を呑ませてくださらんか」
という。
 「ゼニは…やっぱりなしか。ま、ええじゃろ」そういって酒をついでやると、爺さんは、舌つづみを打ちながら呑んで、
 「ああ、うまかった」
といって、ニコニコ出ていった。


 酒屋の主人は、
 「どうも調子がくるう。あの爺さんの笑顔を見とると、銭金のことなど、どうでもよくなるから不思議だ」
と、やっぱり首をかしげておった。
 爺さんは、次の日も、またその次の日もやってきて酒を呑んでいく。主人は、もう、あたり前のように酒をついでやっておったと。
 
 ある日のこと、爺さんは、
 「酒のお代(だい)がだいぶんたまったな、ひとつ絵でも画いて行くか」
というと、そばにあったカゴの中からミカンをひとつ手にとり皮をむいた。その皮で、店の白い壁にさらさらっと一羽の鶴の絵を画いた。まるで生きているように見えて見事な出来ばえだ。


 「お客さんが来たら、この絵に向かって手をたたきながら歌をうたってもらいなさい」
 爺さんは、そういって出ていった。
 やがて、客が来たので、手をたたいて歌ってもらうと、あれ、ふしぎ。絵の鶴が羽をひろげて壁の中をあっち行き、こっち行き、歌にあわせて舞いを舞いはじめた。
 「こ、こりゃあ、なんと」
 「不思議なことさ」
 町中の大評判になって、酒屋は大繁盛したと。

 酒屋の主人は、爺さんにたっぷり酒を呑んでもらおうと、次の日待っていたら、爺さんはその日を限りに、ぷっつり姿を見せなくなった。


 それから何年かたって、待ちに待った爺さんがふらりとやって来たと。
 爺さんは、たっぷりと酒を呑ませてもらってから、鶴の絵の前で笛を吹いたそうな。すると、鶴が壁からでてきて、爺さんの前へ立ったと。爺さんは酒屋の主人に、なんともいえん笑顔で、ニコニコッとすると、鶴にまたがった。
 鶴は爺さんを乗せて舞いあがったと。
 そして、高く、高く、雲の上を飛んでいったと。

 おしまい ちゃんちゃん 

「酒呑み爺と壁の鶴」のみんなの声

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