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ひとすりちがい
『ひとスリ違い』

― 大分県大野郡野津町大字野津市 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、むかし。
 豊後の国、今の大分県大野郡野津町(おおたいけんおおのぐんのづまち)大字野津市(おおあざのづいち)というところに、吉四六(きっちょむ)さんという、頓知(とんち)の効いた面白(おもしろ)い男がおった。

 ある春の日、吉四六さんが畑仕事(はたけしごと)の帰りに庄屋(しょうや)さん方(かた)の前を通りかかった。

 
すると庄屋さんが縁側(えんがわ)に座って、こっちを見ながら手招(てまね)きをしている。吉四六さん、あたりを見まわしたが、他には誰もおらん。己の鼻(はな)を指差して、儂(わし)かい、とばかりにアゴを突き出して見せた。
 庄屋さんがうなずきながら、来い、来い、こっちゃ来い、とばかりになおも手招きした。
 ひとスリ違い挿絵:福本隆男


 いつもなら大声で
 「ようい、吉四六、ちょいと来い」
と呼ぶのがお定(さだ)まりなのに、どうも妙だ。
 「ふうん、他の者(もん)には知られたくない、内緒(ないしょ)の相談事(そうだんごと)でもあるのじゃろか。まぁ、お庄屋さんが頼(たよ)れるのは、こん村じゃあ儂しかおらんじゃろう。よしよし」
 吉四六さん、あらためてあたりを見回し、人目の無いのを確(たし)かめて、屋敷内(やしきうち)へソッと入って行った。


 そばへ寄ったら、庄屋さんが顔を近づけて、ひっそりとささやいた。
 「吉四六、どこに行ってたかや」
 「へーい、畑へ菜っ葉植えに行きやんした」
 吉四六さんも声をひそめて答えると、庄屋さんは一層(いっそう)低い声で、
 「お前の帯(おび)が解(と)けかけちょるので、教えてやろうち思うち呼んだのじゃ」
という。


 鳩(はと)も烏(からす)も聞いていない二人っきりなのに、どうしてそんなにコッソリ話さにゃならんのか、こりゃよほど秘密(ひみつ)の話に違いない、と思うた吉四六さん、ワクワクして庄屋さんの耳に口を寄(よ)せ
 「へーい、そらどうもご親切(しんせつ)さまに」
と、ささやき返した。
 すると庄屋さん、ゴホン、ゴホンとセキをして、
 「吉四六や、お前もカゼか。早う帰っち寝(ね)たがいいぞ。今年のカゼはノドがやられて声が出んのじ。お互(たが)いに困るのう」
というた。


 昨日、庄屋さん方からふんがいして帰って来た吉四六さん、今朝(けさ)になっても未(ま)だ気が晴れない。ブツブツつぶやいていたら、いいことがひらめいた。
 早速(さっそく)身支度(みじたく)をして庄屋さん方へ訪ねて行った。
 庄屋さんは風邪(かぜ)が昨日よりひどくなって寝込(ねこ)んでいたが、吉四六さんが臼杵(うすき)の町まで行って来るというのを聞いて、
 「そんなら、ついでに薬を買うち来ちくれんな」
と頼んだ。


 夕方になって帰ってきた吉四六さん、
 「ちと少ないが、頼まれた品を買うち来た」
というて、小さな紙包みを枕元(まくらもと)へ置いた。庄屋さんが開けてみると、中から出てきたのは薬ではなく一本のヤスリだった。
 ひとスリ違い挿絵:福本隆男


 「これ吉四六、こげんなもの頼んじょらん」
と、けげんそうに言うと、吉四六さん、事も無(な)げに、
 「じゃから、はじめに『ちと少ないが』とことわりを入れちょいた。なんぼ歩いても薬屋がみつからんきに、金物屋(かなものや)に寄(よ)っち買うち来た。クスリとヤスリじゃ、たった一(ひと)スリ違いじゃ、それで間に合わせておかんせ」
 こういうたと。
 
 もしもし米ん団子、早よう食わな冷ゆるど。

「ひとスリ違い」のみんなの声

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