民話の部屋 民話の部屋
  1. 民話の部屋
  2. 狐が登場する昔話
  3. 新米ギツネ

※再生ボタンを押してから開始まで時間がかかる場合があります。

しんまいぎつね
『新米ギツネ』

― 岡山県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、ある山ん中の峠(とうげ)にお茶屋があって、お爺(じい)さんとお婆(ばあ)さんが住んでおったそうな。
 峠を越(こ)す者は誰(だれ)でも、茶を飲んだり、まんじゅうを食うたりして、そこで一休(ひとやす)みして行ったもんだと。
 ある晩げ、もう誰(だあれ)も山越えをする者がおらん時分(じぶん)に、お侍(さむらい)が一人、
 「ゆるせ」
 言うて、えらそうに、ドスン、ドスンと入って来た。
 お婆さんが、
 『今頃になってのお侍の客は、厄介(やっかい)なことじゃ』

 思いながら、盆(ぼん)に茶を乗せて迎(むか)えてみたら、着物もはかまも立派(りっぱ)なものだし、刀も大小ちゃんと差してはいるが、本当の侍とはちょっと違う。何かおかしいそうな。


 曲(まが)った腰(こし)をのばして、下から上へ、ゆるゆる見上げてみると、何と、顔には毛がピンピン生えて、あごの先がとんがっとる。耳というたら三角で、ぴんと立っとった。
 『あゃあ、このお侍は、尻尾(しっぽ)こそ見えんが、まあんず化けはじめのキツネじゃなあ』
 と正体を見破ってしまった。

 
 お婆さんは、
 『このキツネはまだ新米(しんまい)じゃな。下手(へた)くそじゃわい、化けるのが』
 思うたら、おかしくて、おかしくて、吹き出しそうになったけど、横を向いてこらえとったそうな。
 片腹(かたはら)をおさえながら奥へ行って、
 「お爺さんや、こりゃあキツネじゃろうで。キツネがどがあな様(さま)をするか、ひとつ見てやろうかい」
 言うて、内緒話(ないしょばなし)をして見とったら、
 「飯(めし)の支度(したく)をしてくれ。夕飯(ゆうめし)がまだすんどらんのじゃ」
と、天井(てんじょう)向いて、いばって言いつける。

 
 「へぇへ。見られるとおりの田舎(いなか)家で、食べてもらえるような物は何もござんせん。茶漬(ちゃづけ)にコウコがあるぐらいのことですが」
 言うて、気の毒がってみせたら、侍は、
 「そりゃあ、いっこうに構(かま)わんが、ここには油揚(あぶらあ)げはないか。わしは油揚げが好きで、あれさえありゃあ、他(ほか)には何もいらん」
 言うもんだから、爺さんと婆さんは、
 「やっぱりなぁ」
 言うて、顔を見合わせて、にんまり笑ったそうな。
 「まあ、油揚げいいましても、豆腐屋(とうふや)は遠(とお)うて、三里下(さんりしも)にありますんで、買いに行きようもありませんけえ、ごかんべんくださりませ」
 言うて、お婆さんが金(かね)だらいに水をいっぱい汲(く)んで、持って行ったそうな。

 
 「おくたびれなったろうから、まあ、水なとお使い下さりませ」
 言うて、手拭(てぬぐい)をそえて出したところが、
 「そうか、飯食う前には手を洗うんじゃな。ついでに顔も洗うかな」
と、ひょいと下を向いたら、自分の顔が水に映(うつ)っとる。化けそこないの顔が。
 「やれ、恥(はず)かしや」
と思うたかどうか知らんが、
 「キャン、キャン」
 鳴いて、ひとっ跳(と)びに跳んで逃げたそうな。

 
 あくる日、お婆さんが沢へ下(お)りて洗濯(せんたく)しておったら、脇(わき)の木陰(こかげ)から、小っさい声で、
 「ババ、ババ」
と呼ぶ者がある。


 「誰かいのう、こんなところでわしを呼ぶのは」
 思うて、キョロ、キョロ見まわしたが、姿を見せん。
 「ババに、何用かいなぁ」
 言うたら、木陰で、
 「ババ、夕べはおかしかったなぁ、あははは…」
 言うて笑うもんだから、お婆さんも、
 「おう、おかしかったわい、はぁはぁ、はぁ…」
 言うて、一緒(いっしょ)に笑うたそうな。
 あれを知っとるとは、ゆんべのキツネじゃな、と、お婆さんにはすぐにわかったそうな。

 それもそれもひとむかし。

「新米ギツネ」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

楽しい

お気に入りのひとつです。子ぎつね?の様子が意地らしく、最後は可愛いらしいです。ほのぼのとした気持ちになれます。油揚げ、食べれたらよかったなぁ。( 30代 / 女性 )

こんなおはなしも聴いてみませんか?

丹波の一時餅(たんばのいっときもち)

昔は丹波(たんば)の一時餅(いっときもち)というのを食べると、すぐ馬になる、という諺(ことわざ)があった。それにはこんな由来があるのだそうな。昔、あ…

この昔話を聴く

文吾と狐(ぶんごときつね)

昔、ある村に文吾ゆうて、えらい、負けん気な男がおったそうじゃ。ある日、村の衆が文吾にこうゆうたと。「近頃(ちかごろ)、下の田んぼに悪戯(わるさ)しよる狐が出て、手がつけられん。何とかならんもんかいの」

この昔話を聴く

虎と蝸牛の競争(とらとかたつむりのきょうそう)

むかしむかし、ある竹藪(たけやぶ)の中に、大きな虎が一匹住んでおったと。虎は日ごろから、ひととび千里(せんり)じゃ、と走ることの早いのを自慢(じまん)にして、いばっておったと。

この昔話を聴く

現在886話掲載中!