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ごへいのてっぽう
『五平の鉄砲』

― 高知県 ―
語り 平辻 朝子
再話 武井 賢
整理・加筆 六渡 邦昭

 むかし、土佐藩(とさはん)のお抱え(おかかえ)鉄砲鍛冶(てっぽうかじ)に五平(ごへい)というお人がおったそうな。
 五平の作る鉄砲は重さも頑丈(がんじょう)さも調度(ちょうど)いいと評判(ひょうばん)で、猟師(りょうし)が好(この)んで持ったと。

 その頃、土佐の北川村(きたがわむら)の島というところに、その五平の作った鉄砲を持った猟師が住んじょった。
 ある日、その猟師が猟に出掛けたら、暗くなるまで獲物(えもの)をさがしたが何も見つからなかった。妙に疲れて、誰かの炭焼小屋(すみやきごや)に入って身体(からだ)を休めていると、あたりが急に明るくなり、糸を紡(つむ)ぎよる女の姿が幻(まぼろし)のように現れたと。 

 
 ようく見ると、その女は猟師の女房(にょうぼう)と瓜双つ(うりふたつ)よ。その上に、着物の柄(がら)までが家を出るときに見た女房の着物にそっくりじゃと。
 まさか女房がここまで来るはずがないし、と思うと、急に何やら胸騒ぎ(むなさわぎ)がして、夜の山径(やまみち)をいそぎにいそいで家に戻ったと。 
 家では女房が、いつもどおりに糸を紡いでいて、何も奇妙なところがない。猟師はさっきの炭焼小屋での出来事が、どうにもげせん。
 「今夜、家を空(あ)けたかや」
 いうて女房に訊(き)くと、
 「どこっちゃあ、行きゃしません」
と、逆に女房から怪訝顔(けげんがお)される始末(しまつ)じゃった。

 次の日、猟師は昨夜(ゆんべ)の時刻と思う頃合い(ころあい)をみはからい、また、炭焼小屋に入った。
 しばらく待ちよると、また、周囲(あたり)が明るうなり、女房と瓜双つの女が糸を紡ぎよる。


 猟師は幾度(いくど)かその女に鉄砲を向けようとしたが、女房は身重(みおも)の体で、もし本当の女房を撃ったら二つの命をあやめることになると思いかえして、よう狙(ねら)わんのだと。
 その晩も何やら胸騒ぎがして、夜の山径を急ぎに急いで家に戻ったと。して、昨夜と同じ質問と返事がくりかえされたと。
 猟師は首を傾(かし)げるばかりじゃった。

 そのまた次の日、猟師は五平の鉄砲に隠し弾をこめ、厳(きび)しい顔で女房に、
 「今夜は、どんなことがあっても家を出るな。きっとだぞ」
と言いつけた。
 猟師が炭焼小屋に入って待っちょると、間もなく周囲(あたり)が明るくなって、あの女が現われた。女房と同じ着物を着て、女房と同じように糸を紡ぎよる。
 猟師はためらうことなく狙いを定めて引き鉄(ひきがね)をひいた。腕はええし、鉄砲は五平の作。命中(あた)らないほうがおかしい。
「ギャー」
という叫びがして、黒い塊(かたまり)がのたうちまわって、小屋は地震のようにゆすぶられた。やがて、その黒い塊は谷底へ転がり落ちて行ったと。

 
 猟師は、あれの正体を見きわめるのは夜が明けてからと思って、夜の山径を急ぎに急いで家に戻ったと。
 女房はいつもと何も変わっとらん。大っきな腹を突き出して、けろっとした顔で糸を紡ぎよる。
 猟師はホッとして、その場にヘナヘナとへたりこんだそうな。
 夜明けを待った猟師が、昨夜の黒い塊を捜して谷底や山の中を駈(か)けずりまわったが、とうとう見つからんかったと。

 そののち、幾度(いくど)も猟に出て、幾度もあの炭焼小屋に泊(とま)ったが、何の異変(いへん)も起らなかった。
 奇妙(きみょう)といえば、猟師と女房が飼(こ)うていた古猫(ふるねこ)がその頃から姿を消して、とうとう二人の前にあらわれんずくじゃったそうな。

 むかしまっこう 猿まっこう。

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