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いっしゃ
『イッシャ』

― 鹿児島県徳之島 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 九州の南、奄美群島(あまみぐんとう)のひとつ、徳之島(とくのしま)の母間(ぼま)あたりの集落には、昔は夜になると、“イッシャ”という小(こ)んまい妖怪者(ようかいもん)が、犬田布岳(いぬたぶだけ)から下りて来たそうな。
 小っさな破(やぶ)れ番傘(ばんがさ)がぴょんぴょん跳(は)ねてるようなとか、沖縄(おきなわ)のキジムナーではという人もおるけど、ちょっと違(ちが)うな。
 イッシャは小んまい、小んまい身体に蓑(みの)をまとい、ヒゲをむしっていないトウキビみたいな尾(お)っぽをふりふり、ケンケンで下りて来る。


イッシャ挿絵:近藤敏之

 夜、雨上がりのじめじめした道を歩いていると、きっとイッシャに会う。
 会うとイッシャは、きまって、
 「お前は誰(だれ)だ」
という。
 そういうことを村の人は皆(みんな)識(し)っているので、夜、外へ出るときには、トウキビを一本持って行くそうな。


 そしてイッシャが小んまい、小んまい身体から出て来る声で、
 「お前は誰だ」
と訊(き)いてきたら、トウキビをお尻(しり)のうしろで振(ふ)って見せる。尾っぽのように。
 そうするとイッシャは、
 「あれっ、こいつもイッシャか」
と思って、何もいたずらをしない。もし、そうしないと、海辺へ連れて行かれて、海水を飲まされてしまうそうだ。
 ときには恐(こわ)いところもあるイッシャだが、おだてると、すぐいい気になるそうだ。
 だから、肝(きも)のすわった漁師(りょうし)なら、トウキビの尾っぽで安心させたあと、イッシャをおだてはじめる。


 「お前に舟(ふね)を漕(こ)がせたら、たいしたもんだってなぁ」
とか、
 「お前と海へ行けば、魚は面白いように釣(つ)れるってなぁ」
とかいうのだ。
 するとイッシャは、もう嬉(うれ)しがって、ぴょんぴょん跳ねて、自(みずか)ら舟に乗りこむ。
 そこで、夜釣りに出かけるわけだ。
 イッシャは舟を漕ぐ。漁師は歌を唄(うた)う。
 節も意味も今となっては判(わか)らないが、こんな文句だったように思う。


 〽 イッシャヤヨイ ヤヨイ
   イッシャギノナークレ
   イッシャイソゲイソゲ
 するとイッシャは、もう有頂天(うちょうてん)になって、力の限り漕ぐ。舟は矢のように走り、釣れた魚は山のようになるそうな。
  けれど、いつの間にやら魚の片目が全部抜(ぬ)かれとる。それがイッシャの分け前なのだと。
 
イッシャ挿絵:近藤敏之


 こんな働き者のイッシャだが、人間と同じで、なかには怠(なま)け者もいる。そんなのと一緒になったらおおごとだ。
 あるとき、怠け者のイッシャと釣りに出た漁師が、とうとう怒(おこ)って、イッシャを海に突(つ)き落とした。イッシャ、ギャッと啼(な)いたと。
 けれど、たいていは働き者なので、肝のすわった漁師なら、イッシャをおだてては釣りに出て、随分(ずいぶん)いいおもいをしたもんだと。
 
 イッシャの昔あった話だ。

「イッシャ」のみんなの声

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