― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに生まれついてのよくよくの貧乏者(びんぼうもん)があったと。
どれほど働いても稼いでも生計(くらし)がたたないので、旅に出た。
旅に出れば出たで、また貧乏は以前(さき)よりも一層にひどくなったと。
あるとき、一夜(いちや)の宿(やど)をお借り申したお堂で神様に、
「なじょにかして、私の身に付いているこの貧乏神を追(ぼ)い出して福徳をお授けして呉(く)なされ」
と、お願い申したと。
そしたら夢枕(ゆめまくら)に神様が立たれて、
「よしよし、ここに二つの箆(へら)がある。赤いほうのヘラは屁(へ)っぴリベラ、白い方のは屁どめのヘラというものだ。これの使い方一つでそなたは福徳長者(ふくとくちょうじゃ)になることが出来るぞよ」
とお告げになって、二つの箆を下された。
次の朝、貧乏者が目を覚ましてみると赤いヘラと白いヘラが並んで置いてあった。
「してみるとあの夢は本当であったか。神様かたじけのうござる、尊(とう)とうござる」
と、押しいただいて掌(て)を合わせたと。
挿絵:福本隆男
お堂を出たら、道の向こうから村一番の長者どのの娘が、たくさんのお供をつれて神詣りにきた。貧乏者は、
「やれ、願ってもないことだ。神様から頂いたヘラの効能を試してみるか」
と言って、すれ違いざまに赤い方のヘラを取り出して長者どのの娘の尻(けつ)べったをぺらり撫でてみた。するとたまげたことには、
〽すかすか坊主の 金ぷくりん プップッ
と、娘のお尻が続けさまに鳴り出したと。
「こりゃ、何としたことだ」
と、お供の者たちはびっくりして騒ぎだすし、娘は真っ赤になって、
「あやや、あやや」
と泣き出すし、なんぼたっても、娘の屁っぴりは止まらなかった。
長者どのは、一人娘が今まで聞いたこともない奇妙な病気に取っつかれたので、八方手をつくして、いろいろの医者や修験(しゅけん)や占師(うらないし)を呼んで見せたが、誰にもわからず治せなかったと。
娘のお尻はあいかわらず、
〽すかすか坊主の 金ぷくりん プップッ
と、鳴り通していて、恥ずかしさのあまり死んでしまいたいと思い詰めていたと。
もうそろそろいいころ合いだと思った貧乏者は、長者どのの門口にきて、
「ええーっ、屁なおしの世直し」
と、呼ばってみた。すると、これを聞きつけた長者どのが中から飛び出してきて、
「さて、今の声は『屁なおし』と聞こえたが聞き違いじゃなかろうね」
「へぇ」
「お手前が屁なおしかね」
「へぇ」
「中へお越しくだされ」
と、言って貧乏者の袖をひっぱって奥の娘の部屋に連れて行った。
そして、
「ごらんの通り、これが私の一人娘でがんす。なんの因果(いんが)か、世にも奇態(きたい)な屁っぴり娘となり申して困り切っております。どうにかして治るものなら、貴方様のお力で治してやってくだされ」
と、拝むようにして頼まれた。
「やってみましょう」
と屁なおしどのはもったいぶって言ったと。
長者どのを隣の部屋に控えさせて、娘とふたりっきりになった貧乏者は、わざと娘の白いお尻をむき出しにしてやったと。
娘は恥ずかしさに身を縮めている。
「なに、心配はいらん。じきに治してしんぜる」
と言いながら、懐中(ふところ)から白い方のヘラを取り出して、
「すかすか坊主の金ぷくりん、止まれっ」
と、唱えて娘のお尻をペラリと撫でた。
屁っぴりがぴたりと止まったと。
家中しーんとして、ややあって、わーっと歓声が上がったと。
長者は、
「お前様はこの家の恩人じゃ。この上はどうぞして我が家(や)にとどまって、娘の婿どのになってもらいたい」
と頼んだと。娘もしっかり頼りにしているふうだ。
屁なおしどのの貧乏者は、人も羨(うらや)むほどの福徳長者の所望婿となったと。
どんとはらい。
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「赤い箆 白い箆」のみんなの声
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