― 広島県 ―
語り 井上 瑤
再話 大島 廣志
むかし、馬を引いて荷物(にもつ)を運ぶ、ひとりの馬方(うまかた)がおった。
ある日、馬方は山を越えた村へ出かけて行った。塩と魚をたあんと馬に背おわせて、コットリコットリ、峠(とうげ)までくると日が暮れてしまった。
するとうしろから、
「オーイ、オーイ」
と、恐(おそ)ろしい声がする。
馬方は恐くなって、馬をいそがせ、どんどん逃げた。ひょいっと振り返ると、なんと口が耳までさけて、赤い舌を出した鬼婆(おにばんば)が、
「塩よこせー、魚よこせー」
とせまってくる。
馬方はあわてて塩と魚を放り出し、馬に飛び乗って逃げ出した。鬼婆は塩と魚をあっというまにたいらげると、また追いかけてきて、
「馬よこせー、馬よこせー」
とせまってきた。馬方は、いそいで馬から降りると、どんどん逃げた。そうしたら、向うの方に、チンガリチンガリ灯(あかり)が見える。
助かったと思ってかけだして行くと、一軒(いっけん)のきたない家があった。中に入ると誰もいない。馬方は鬼婆が恐いもんだから、屋根裏(やねうら)へ上がってかくれていた。そのうちに下の方で声がする。
「ヤレ、食った、食った。馬一匹と塩と魚をたらふく食った。じゃが、馬方を食いそこねたのが残念じゃ」
馬方が恐る恐るのぞくと、さっきの鬼婆だ。驚いた馬方は息をころして小さくなっていた。鬼婆は、
「さて、餅(もち)でも食って寝るか」
と言うと、イロリで餅を焼きながら、コックリコックリいねむりをしはじめた。
それを見ていた馬方は、腹がへっていたから、長い棒を降ろして餅をつきさしつきさし、みんな食ってしまった。鬼婆が目を醒(さ)ますと餅がない。
「おねずみさんがとったんじゃろう。今晩はもう寝よう。さして、屋根裏へ寝ようか、釜(かま)の中へ寝ようか」
と言った。 馬方は屋根裏へこられちゃ食い殺されるから、小さい声で、
「釜の中、釜の中、チュウチュウ」
と、言った。
「おねずみさんが言うから、釜の中で寝よう」
鬼婆はそういうと釜の中へ入って、グウグウ大きないびきをかいて寝てしまった。
馬方は、屋根裏からそろりそろりと降りてくると、外から大きな石を持ってきた。そして、釜のふたの上に置いたもんだから、ゴロゴロゴロゴロ音がした。鬼婆は目を醒ましたのか、釜の中で、
「ゴロゴロ鳥がなくそうな」
と言って、またグウグウ寝てしまった。
次に馬方が釜の下で、カッチカッチと火打ち石をすったら、また鬼婆は目を醒まし、
「カチカチ鳥が鳴くそうな」
と言った。しばらくしたら、ボウボウと火が燃え始めた。鬼婆は今度、
「ボウボウ鳥が鳴くそうな」
と言った。そうしているうちに、だんだん釜の中は熱くなっていった。鬼婆は、
「アッチッチ、アッチッチ」
と叫んで逃げようとしたけれど、蓋の上には大きな石があって逃げられない。
とうとう焼け死んでしまった。
馬方は、鬼婆退治(おにばんばたいじ)をして、ようやく家に帰ったんだと。
むかし、けっちりこ。
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昔、あるところに七つと十ばかりになる兄弟がおったそうな。母親が死んで、まもなく継母(ままはは)が来たと。継母は性(しょう)のきつい人で、二人を山へ芝刈りにやったり、畑へ肥(こ)え桶(おけ)を運ばせたり、谷川へ水を何度も汲(く)みに行かせたり、朝から晩まで働かせたと。
「馬方と鬼婆」のみんなの声
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