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いよやのむすめ
『伊予屋の娘』

― 愛媛県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、伊予(いよ)の国(くに)、今の愛媛県宇和島(えひめけんうわじま)のお城下に伊予屋(いよや)という大きな酒屋があって、旦那は大層な分限者(ぶげんしゃ)であったと。
 あるとき、この分限者の一人娘が、何でか知らんがポクッと死んでしもうた。
 分限者は親心(おやごころ)で、三途(さんず)の川(かわ)の渡し賃を普通は一文銭を幾(いく)つか棺(ひつぎ)に入れるところを、三十両もの大金を入れてほうむったと。

 
 そしたらその夜、ひとりの番頭がお金欲しさに墓を掘り返したと。が、棺のフタを開(あ)けてびっくりした。なんと、娘が生き還(かえ)っておったと。娘が、
 「お前は命の恩人です。家に帰ったらきっとお礼をします」
という。番頭はあわてた。帰られたらなぜ棺を開けたか詮索(せんさく)される。それより秘(ひそ)かに想いを寄せていたお嬢さんと一緒になれるまたとない機会だ。とっさに一計(いっけい)を案じた。
 「あ、いや、家には帰れません。旦那さまと奥さまがびっくりして、心(しん)の臓(ぞう)がもちますまい。このところ、すっかり弱っておいででしたから。それではかえって親不孝」
 親不孝といわれれば、そうかなとも思う。娘は途方(とほう)に暮(く)れた。


 「こうしましょう。皆はお嬢さまが亡くなったと思っています。このままそおっとしておいた方が旦那さまも奥さまも長生きなさいましょうから、このままどこかへ立ち去りましょう。私がお供します」
 命の恩人にここまでいわれて、娘は真(ま)っ直(すぐ)に信じた。
 「お前だけが頼り」
と、頭を下げたと。 
 二人は信濃(しなの)の善光寺(ぜんこうじ)へ行ったと。
 善光寺へ着いてみると、どこの宿もいっぱいで泊まるところがない。困って歩いていると、古屋敷(ふるやしき)があった。長いこと誰も住んでいなさそうなので、そこへ泊ったと。


 ところが、真夜中頃になって何かがいるような気配がした。目を覚(さ)ました二人が恐(こ)わ恐(ご)わ破れ障子の向こうを見たら、黄色い火のかたまりがフワフワ、ユラユラと浮いていた。


 魂(たましい)とばした二人がふるえながら抱きあってナムナムナムとお経を唱(とな)えていたら、その火のかたまりが二人の側(そば)へフワ-とやって来て
 「わしは金(かね)の化身じゃ。この家の主人(あるじ)が金を瓶(かめ)の中に入れて床の下に隠したまま死んでしもうた。わしは世に出て使われたい。だが誰も気づいてはくれん。それで化けて出るのじゃ」
というた。
 二人が火のかたまりの消えたあたりの床の下を掘ってみたら、本当に瓶の中に金がいっぱいつまっていたと。


 夜(よ)が明けてから近所の人に、
 「あの家の持ち主はどなたでしょうか。売ってもらいたいのだが」
と聞くと、
 「売るどころか、あんな化け物屋敷、あんたさんがどうにかしてくれるなら、ただでやります」 というた。

 二人はその家をもらい受け、手入れをして酒屋をはじめたと。屋号は伊予屋とした。
 化け物屋敷で、べっぴんの嬶(かか)ァが酒を売りはじめた、ゆうて評判(ひょうばん)になり、大した繁盛(はんじょう)だ。


 そうして三年が過ぎたと。
 その頃宇和島の分限者は、死んだ人の霊(れい)には善光寺に行けば会えると聞いて奥方とはるばる旅に出たと。
 善光寺に着いてみると伊予屋という屋号の酒屋があった。
 「おう、信濃にも伊予屋があった」
 「ほんに、どんな方が名乗っているのでしょう」
 「ちと、のぞいてみようか」
 いうて、店に入っていったら、何と、死んだはずの娘と、いなくなった番頭がいた。おまけに赤子(ややこ)までいる。
 皆々おどろくやら、なつかしむやらで抱きおうたと。 


 娘と番頭がこれまでのことを一部始終(いちぶしじゅう)話した。そしたら、赤子もいることだし、もう伊予へ帰るのはやめた、いうて、五人仲よく一生を暮らしたと。

 むかしこっぷり。 

  

「伊予屋の娘」のみんなの声

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