― 秋田県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかしの大むかし。
あるところに虎と田螺(たにし)がおったと。
あるとき、虎は田螺を見て、
「こらこら、そんなところをジワリジワリ歩いていると踏(ふ)みつぶすぞ。そんなにのろくては、お前なんぞ一日に一枚田(いちまいだ)も越せないだろう」
と馬鹿にした。そしたら田螺は、
「そんな事ァない。俺が本気出したら、お前なんぞよりも早く走れるよ」
と言ったので、虎はおかしくて仕様がない。
田螺は、虎に笑われたのが、また面白くない。
「そんなら虎どん、おれと駈け競べ(かけくらべ)してみようや」
「よせやい。田螺よ、俺はな、一日千里を駈けるんだぞ。その俺がだ、お前のような奴と競争したら、それだけで俺はみんなの笑い者なってしまう」
「へん、負けるのがこわいから、そんなこと言ってらぁ」
「こにくらしいことを言う。ようし、それほどまで言うのなら相手になってやろう」
ということになって、虎と田螺は一線に並んだと。
田螺はもちろん普通の方法では勝てるわけが無いので、こっそり虎の尾につかまって行ったと。
挿絵:福本隆男
いよいよ決勝点へ着いたとき、虎は振り返って、
「田螺のやつめ、大きなことを言っていたが、影も形も見えんな」
と言うた。
その間に田螺は虎の尾から先の方へポトリ飛び落ちて、
「虎どん、虎どん、俺はとっくにここにいたぞ」
と呼んだと。
虎がその声に驚いて振り向いたら、田螺はほんとうに虎より先の方にいた。虎が、
「お前、いつの間に着いた。お前がおれを抜いておれの前を走っていたら、おれはお前に気がつかないはずないのだが、おれはお前を一度も見なかったぞ」
と言ったら田螺は、
「お前、なにを言ってるや。おれ、お前、おれ、お前って。ややこしいやつだな虎どんは。つまり、お前の目に止まらないほど、俺が速かったということさ。おれが本気を出せばこんなもんだ」
と言うたと。
虎は首を傾げ傾げ、森の中に消えたと。
田螺は路(みち)をひきずられ、ひきずられしたので、殻(から)が痛んでしまった。田螺の殻がところごころつぎはぎしたようになっているのは、虎との競争のあと修繕(しゅうぜん)したからなんだと。
とっぴんからりん山椒の実。
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六月は梅雨(つゆ)の季節だが、昔からあんまり長雨が降ると嫌(きら)われるていうな。 昔、昔、あるところに親父(おやじ)と兄と弟があった。 兄と弟が、夜空を眺(なが)めていると、お星さまがいっぱい出ている。兄は弟に、 「あのお星さまな、あいつ、雨降(ふ)ってくる天の穴だ」というたと。
「虎と田螺の競争」のみんなの声
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