悲しい
― 秋田県 ―
語り 井上 瑤
話者 浅利 勝治郎
整理・加筆 六渡 邦昭
むがしがあったぞん。あるどこに一人の爺(じん)ちゃがいてあった。
ある日、山へ行く途中、童子(わらし)達が蟹(かに)を捕っていじめているのを見て、可哀想に思って銭コやって買い取り、放してやったど。
挿絵:福本隆男
そうしてやって、それから山の沢へ行ったら、向こうから、ええ姉(あね)さんがやって来て、爺ちゃと仲よく話コしたど。別れるどぎにゃ、また明日も来るがらど言ったど。
爺ちゃ、若返った心持ちで次の日もその姉さんに会うのを楽しみにして行ったど。沢のところまで行って、
蟹コウチ、コウチ
翁(おきな)は参った
と、呼ばったら昨日の姉さんが出て来て、また、仲よくいろいろの話コしたど。
そういうことが毎日続いているうち、爺ちゃはその若い姉さんの姿ばかりが目について、自分の婆(ばば)のシワちゃくれた面(つら)など見たくなくなったど。
そのうち婆(ばん)ちゃも爺ちゃの様子がどうも怪しいと気がついて、ある日こっそり後をつけて行ったど。
そんたらこと、爺ちゃ知らんもん。沢のところまで行って、
蟹コウチ、コウチ
翁は参った
と、呼ばったら、きれえな姉さん出て来て話コしてらった。
この有り様(ありさま)だ。婆ちゃ、腹わた煮(に)えくりかえるほど腹が立ったが、こっそり家さ帰ったど。
して、次の日、婆ちゃ、知らん振りして爺ちゃどこ無理矢理家に置いで、爺ちゃの姿(なり)して山へ行ったど。そして爺ちゃのように、
蟹コウチ、コウチ
翁は参った
と呼ばったど。きれえな姉さん、出て来たど。
婆ちゃ、いきなりその胸ぐら取って、
「よくもこの女ご(おなご)、俺家(おらえ)の爺(じん)コどて、横盗りしゃがった」
とて、つかみかかったところ、その姉さん動転(どうてん)して、たちまち一匹の蟹となったど。
「この畜生(ちくしょう)、憎(にく)い奴だ」
どて、叩き殺して、鋏(はさみ)は小屋の屋根へ投げたし、甲羅(こうら)とて畑へブン投げてしまったど。
次の日、何も知らない爺ちゃが山へ行って、いつもの通り呼ばったが、姉さん、出て来ない。いっくら呼ばっても出て来ない。
「はて、どうしたもんだやら」
と、とまどっていだら、木の枝のカラスが、
鋏は屋根に
甲羅は畑
カロン カロン
と啼(な)いたど。
爺ちゃ、屋根を見たら鋏、畑を見たら甲羅が投げてあったど。
トンピンパラリのプウ。
悲しい
むかし、むかし、あるところにひとりの男があったと。 あと子は畑仕事をするでもなく、毎日、毎日、浜辺(はまべ)に腰(こし)を下ろしては日がな一日海を眺(なが)めていたと。
むかし、あったけど。 あるところに、貧(まず)しいけれど、信心深い婆(ばあ)さまが住んでおった。 婆さまは、死んだらば、地獄(じごく)には行きたくねぇ、なんとか極楽に行きたいと思うて、毎日、毎日、お寺参りをしたんだと。
むかし、農家の人は、一粒の米も無駄にせられんいうて、米俵の中の米が残り少のうなると、俵をさかさにして、俵のまわりや底のところを棒で叩いて、中の米を一粒残さず出したそうな。
「爺ちゃと蟹」のみんなの声
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