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ひらのはっこう
『比良の八荒』

― 滋賀県 ―
語り 井上 瑤
再話 大島 廣志
再々話 六渡 邦昭

 三月も下旬になるちきまって、滋賀(しが)の琵琶湖(びわこ)のあたりでは、比良(ひら)の山(やま)から、ビュ―、ビュ―と風が吹き荒れる。この風を「比良八荒(ひらはっこう)」というのだが、土地の人々は、「比良八荒」が吹くと、湖に沈んだ心やさしい、娘の悲しい物語を思い出す。
 むかし、琵琶湖に近い比良の山では、沢山(たくさん)の坊さまが修行をしていた。
 ある日のこと、一人の若い坊さまは、修行のため、病いをおして湖の対岸に渡った。そして、村々を廻り歩き、たくはつをしていたのだが、ちょうど木の浜の村に入ったとき、熱高く、一歩も動けず、道端(みちばた)にうずくまってしまった。

 
 そこを通りかかった村の娘お光は、坊さまを家に運び、休ませた。
 高い熱が何日も続いたが、お光の手厚い看病(かんびょう)の甲斐(かい)があって、一日一日薄皮をはぐように坊さまの病いは良くなっていった。いつしらず、お光のこころには、坊さまへのほのかな恋心がわいてきた。
 「長い間ごやっかいになりました。おかげで病もすっかり良くなりましたので、比良の寺に戻ります。この御恩(ごおん)は決して忘れません」
 坊さまのことばに、お光は泣いた。

 「お別れしたくありません」
 お光の優しい心を知っている坊さまも同じ思いであった。修行をとるか、恋をとるか、坊さまは迷いに迷った。 しばらくして、坊さまは、
 「わたしは比良に帰ってから堅田(かただ)の満月寺にこもり、百日の修行をいたします。その百日の間、湖を渡って毎夜、わたしのもとへ通い続けることができたなら、あなたと夫婦(めおと)になりましょう」
といった。


 坊さまが帰ってから後、お光は毎夜、タライ舟をこいで湖を渡った。月の無い夜の湖は暗い。浮見(うきみ)堂の灯りが目印であった。十日、二十日と過ぎてゆく。お光は修行を続ける坊さまの後ろ姿をそっと拝んではまた湖を帰っていった。
 
 八十日、九十日が過ぎる。雨の日も、風の日も、雪の日も、お光はタライ舟をこいだ。坊さまはだんだん恐(おそ)ろしくなってきた。この暗い湖をたった一人、タライ舟をこいで、何十日も欠かさず通ってくる女に、鬼がとりついているのではないかと、恐ろしくなった。
 とうとう百日目がやってきた。お光の心はおどった。
 「今日が坊さまと約束をした百日目」
 そう思うと、うれしくてうれしくて、タライ舟こぐ手もかろやかだった。

 
 一方、坊さまは、
 「今日で百日目、これは、ただの女ではない。鬼だ」
と思い。目印の浮見堂の灯りを、フッと消してしまった。急に灯りが消えたので、あたりは真暗になり、お光は途方にくれた。それでも一生懸命舟をこいだ。湖の上をさまよっているうちに、風も出てきた。思う間もなく、ビュ―という一陣の風が吹き、とうとう小さなタライ舟は湖にのまれた。お光は、
 「お坊さま――」
と一声さけぶと、湖底に沈んでいった。もうすぐ春がくる、三月の末のことであった。
 それからというもの、毎年、三月の下旬になると、比良の山から風が吹き、湖があれるようになった。


 人々は、お光の怨みで風が吹くのだと言い伝えている。

「比良の八荒」のみんなの声

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坊さんなんかをじゃなくて、私にすればよかったのだ。( 70代 / 男性 )

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私も、今度この民話にまつわる、吹奏楽の 天満月の夜に浮かぶオイサの恋 という曲を演奏するのですが、何度聞いても泣きそうになります。( 10代 / 女性 )

驚き

この民話は、女性は、一途になり易い、女性の気持ちを蔑ろにしてはいけないという戒めだろうか?( 70代 )

怖い

これはお坊さんが悪い。女の人が可哀想だ。( 40代 / 男性 )

悲しい

お坊さんひどい。 怖くなったからってその仕打ちはないやろ!( 30代 / 女性 )

悲しい

無理難題をふっかけといて勝手に怯えて灯を消したお坊さんが許せません; ;( 10代 / 男性 )

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