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こうぼうさまのころも
『弘法様の衣』

― 山梨県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、ある冬の日のこと、ある村に一人の旅のお坊さんが托鉢(たくはつ)に来たそうな。
 身(み)にまとっている衣(ころも)は、色が褪(さ)め、裾(すそ)は裂(さ)けて、それが寒風(さむかぜ)にはためいていたと。
 お坊さんは、一軒(いっけん)の大きな家の玄関口に立って、鐘(かね)を鳴らしてお経(きょう)を読みはじめた。
 家の主人が出てみると、まるでみすぼらしい坊さんだ。
 「ふん、乞食坊主(こじきぼうず)か、うちにはやるものは何もない。読経御無用(どきょうごむよう)、お通りなさい」
と、木(き)で鼻(はな)をくくるように言うて、ピシャンと戸を閉めてしまったと。
 お坊さんは、黙(だま)ってそこを立ち去ったと。

 
 次の日、同じ家の玄関口に、今度は錦襴(きんらん)の袈裟衣(けさごろも)を着た立派なお坊さんが立って、鐘を鳴らしてお経を読みはじめたと。
 家の主人が出てみると、今日は、どこの何様かと思うような立派なお坊さんが立っている。主人をはじめ、家中の人達がありがたがって、
 「どうぞ、うちへ上って下され」
 「どうぞ、もっとお経を読んで下され」
と、口々に言うて、手もみするのだと。

 袖を引かれるようにして座敷に上ったお坊さまの前に、皿へ山のように盛られた、ボタ餅(もち)が出されたと。家の主人が、
 「どうぞ、召(め)し上(あが)って下され」
と言うたら、お坊さんはボタ餅を手にとって、キラキラ光る錦襴の衣(ころも)へ、ベタベタとなすりつけたと。


 家の人達があっけにとられているうちに、お坊さんは、取ってはなすり、つかんではなすり、出されたボタ餅をみんな、立派な袈裟衣へなすりつけてしまったと。
 家の主人が、やっと気をとりなおし、
 「何をなさる、せっかくのボタ餅をもったいない。その上、その立派なお衣を汚(よご)してしまうのは、まっと惜(お)しいこんじゃないか」
と、目を三角(さんかく)にして言うたと。

 
 するとお坊さんは、
 「昨日来たときは、何一つ寄進(きしん)されず邪見(じゃけん)に追い帰された。昨日のわしも、今日のわしも、わしはわし。
 違うているのは身にまとうている衣だけじゃ。してみると、お前達は、このボタ餅をわしにくれたわけではあるまい。わしの着ているこの衣にくれた事になる。だから、ボタ餅はみんな、衣に食わせてやったこれでよかろう」

こう言うと、ひょうと立って、帰って行ったと。


 お坊さんは、諸国(しょこく)を巡(めぐ)って歩いていた弘法大師様であったと。

 それも それっきり。

「弘法様の衣」のみんなの声

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