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そろりしんざえもん
『曽呂利新左衛門』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
話者 佐藤 孝一
再話 武田 正
整理 六渡 邦昭

 むかし、むかし、秀吉(ひでよし)の時代に新左衛門(しんざえもん)ていう刀の鞘師(さやし)いだったど。
 新左衛門がこしらえる鞘は、刀がソロリ、ソロリと抜けて、まごとに具合(ぐあい)がええ。天下一の名人だていうなで、誰しも新左衛門のことを、曽呂利(そろり)、曽呂利、と呼ぶようになって、いつの間にか曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)と名がついだと。
 あるどき、秀吉がひどく病気して、なんだか分らねんど、段々(だんだん)衰弱(すいじゃく)していぐ。
 
 ほだえしているうち、盆栽(ぼんさい)の松の木、枯(か)れでしまった。ほうしたれば秀吉、なおさら気落(きお)ちしてしまって、
 「余もこれきりだ、おしまいだ」
 て、なげいで、日に日にやせ衰(おとろ)えて行った。


 何とかええ医者どの居ねべか、何とかならねべか、ていうてるうちに、新左衛門が、ほこさ行って歌詠(うたよ)んだ。

 御秘蔵(ごひぞう)の
 常盤(ときわ)の松(まつ)は
 枯(か)れにけり
 千代(ちよ)の齢(よわい)を
 君(きみ)にゆずりて

 こういうふうに詠んだ。ほうしたけぁ、秀吉、
 「はあそうか、松の木はおれの身代りになって呉(け)だか」
 て、ほだえして気分ええぐなってるうち、薄紙はぐようにだんだん良(え)ぐなった。ほしたけぁ、
 「これ、新左衛門、なにかお前にお礼をしたい。望むものはないか」
 「いやいや、上様(うえさま)、一か月間の一文(いちもん)の倍増(ばいまし)しで結構でございます」
 「ああ、新左衛門、一文の倍増しとは、どういうことだ」


 「はい、第一日目は一文、二日目は二文(にもん)、三日目は四文(よんもん)でございます」
 「そうか、何だ、子供の小遣銭(こづかいせん)にもならねほどで、お前は満足するのか」
 「いやいや、そうでないげんども、この位にさせて戴(いただ)きます」
 「欲のない男だな。よし、んたらば」
 ていうて、会計係さ命じて渡したど。
 八日経(た)ったれば百二十八文になる。十日経ったれば五百十二文になった。二十日経ったれば五百二十四貫二百八十八文になった。
 「ありゃおかしい」
 ていうわけで、会計係ソロバンはじいてみておどろいた。
 
 三十日になったら、何と馬車二十台で運ばんなねことになる。
 「いやいや、こんではとても適(かな)わね。新左衛門、新左衛門、余が参った。一ヶ月でねく、二十日間で、まず勘弁(かんべん)して呉ねが。ほのかわり、他(ほか)にもう少しお前さやっから」
 「はい、結構でございます。んでは、他に戴かせてもらいます」
 「何だ」
 「袋さひとつ分、米頂戴(ちょうだい)したいげんど」


 「おお、そんな、ええどこでない」
 「んでは、四、五日後にもらいにあがりますから、お倉番さそういうふうに言うてで呉(け)らっしゃい」
 ほうして、四、五日経ったら、馬車何台もと紙袋ひとつ持ってお城さ行った。袋ひろげで、
 「このお倉の米、全部頂戴して帰ります」
 て言うたれば、お倉番がぶっ魂消(たまげ)た。ほして秀吉のとこさ走って行った。
 「実は新左衛門がやって来まして……」
 「ああ、一袋ぐらい呉てやれ」
 「いや、その、実は、その袋というのが、またどでかいもんで、すぱっとはぁ、倉さかぶせてしまったはぁ」
 「うん、武士に二言(にごん)はない。その倉は新左衛門に渡せ。余の命なかったかも知れんと思えば、安いもんだ」
 ていうわけで、銭五百二十四貫二百八十八文と、倉ひとつの米、そっくりもらったけど。

 どんびんからりん すっからりん

 

「曽呂利新左衛門」のみんなの声

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驚き

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