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ねこえじゅうべえ
『猫絵十兵衛』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、あるところに猫絵十兵衛(ねこえじゅうべえ)という飴(あめ)売りがおったそうな。
 十兵衛は猫の絵を書くのが大層うまくて、画かれた絵の猫は、どれもこれもが今にもニャーゴと鳴いて動き出しそうなほどだったと。
 あるとき十兵衛は、飴を売りながら村々を歩いているうちに、ふいに、妙な屋敷街(やしきまち)に入り込んだと。
 道の両側には鱗塀の立派な家々がずらーっと建ち並んではいるが、あたりはシーンとして、物音ひとつしない。
 「何だか、気味(きみ)悪いな」
 十兵衛は今来た道を少し戻ってみた。すると、道端(みちばた)の木の枝が道にかぶさるようにのびているのがあって、それに、何やら看板ふうなのがぶらさがってあった。よく見ると、
 「これより猫の国」
と、書かれてあった。


 「猫の国だと!? はて、妙な国へ迷い込んだもんだ」
 十兵衛は、街の中をキョロ、キョロしながら歩いて行ったと。
 しかし、どっちへ行っても人っ子一人にも出会わない。
 「どうも、妙(みょう)じゃあ」
 なおも、そこいらここいらを歩いていると、 向こうから、黒い着物を着た猫の姉さまがひとり、カンコ、カンコ、カンコと下駄を鳴らしてやって来た。
 「やれ、やっと一人見つかった。あの、もし」
と声をかけると、猫の姉さまはびっくりして目をまんまるにしとる。
 「俺れは別にあやしい者(もん)でねえ。見た通りの旅の飴売りだ。ちょいと物を尋ねますがのう、ここは人が住んでいるんですかいのう。ちいっともそんな気配がありませんが」
と聞くと、猫の姉さまは急にオイオイ泣き出して、

 
 「少し前まではここにもいっぱい人は住んでいたのですが、大っきなネズミが出て来て一人喰(く)い、二人喰い、皆喰って、とうとう私ひとりになってしまいました。残った私も、今日喰われるか、明日喰われるか、と、おびえて暮らしていました。けど、耐えきれずに、いっそ早よ喰われてしまおうと、わざと下駄をならして歩いていたのです。旅のおひと、どうか助けて下さい」
と、拝(おが)むようにして頼むんだと。
 「そうかぁ、それは災難じゃったのう。よおっくわかった。ちょっと俺に紙と筆を貸してくれ」
 十兵衛は筆と紙を借りると、強そうな猫の絵をたくさん描いたと。
 やがて夜(よる)の子(ね)の刻(こく)になったころ、大っきなネズミがやって来た。仔馬ほどもある大っきなネズミだと。
 そいつが、
 「猫はおるかー」
 って、おっそろしいのだと。
 二人が隠れている家にやって来て、
 「ここにおったかー」
 って目をジャガリ光らせて迫った。


 十兵衛は、自分の描いた絵に、
 「出れ、出れ、出れ、皆出れ」
というと、みんな絵から抜け出て、みるみるいっぱいになって、大っきなネズミに襲いかかっていった。
 チューやら、ニャーやらの騒きでねえ。
 「ガオー。フギャー」
 って、大騒ぎだと。
 いっくらネズミが強いったって、猫が喰われるそばから十兵衛がさっと絵を描いて、
 「出ろ、出ろ」
とやるもんだから、さしもの大ネズミも疲れて、とうとう噛(か)み殺されてしまったと。
 猫の姉さまは喜んで、
 「どうか、私の婿殿になって下さい」
と頼んだと。十兵衛は、
 「いや、俺には、妻も子もあるし、ないのは金だけだ」
というと、それならばと金をいっぱいくれたと。


 それを背負(せお)って、
 「やれ重い、やれ重い」
といっていたら、そこで目が覚めたと。
 木陰(こかげ)で眠っているうちに、背中の重い飴箱が十兵衛にのしかかっておったと。

 とんぴんからりんねっけど。

「猫絵十兵衛」のみんなの声

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驚き

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