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ひとさきせんにん
『一咲き千人』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
資料 「佐藤家の昔話」122話
   武田正編 桜楓社

 むかし、むかし、あるところに、正直で働き者の若い衆(し)があった。
 ある日、背負籠(しょいこ)を背負(しょ)って、畑への道を登っていったら、天狗岩(てんぐいわ)の下に、天狗の鼻(はな)みたいのが落ちてあった。

 
一咲き千人挿絵:福本隆男
 
 「こいつは何だべ、場所が場所だけに、もしかしたら天狗の鼻かも知んねぇな。」
 拾って、自分の鼻に継(つ)ぎ足してみた。
 「こいつぁ面白(おもしろ)い。」
 自分の鼻が高くなって、何やらちょいとえらくなった気がする。


 両手を広げて、鳥の羽ばたきを真似(まね)、足をトコトコ踏(ふ)み鳴(な)らして
 
 〽テケトコ テケトコ 天狗の舞
  テケトコ テケトコ 天狗の舞
と、勝手な唄(うた)といいかげんな身振りで、くるくる廻(まわ)ったと。
 そしたら、それを天狗岩の上から、天狗が見ていて、若い衆の舞を真似して、小さい声で、
 
 〽テケトコ テケトコ 天狗の舞
  テケトコ テケトコ 天狗の舞
と唄い、くるくる廻った。
 「やあ、これは楽しいわい」
と大満足していた。


 そんなこととは知らない若い衆は、踊(おど)り疲(つか)れて地べたに座り
 「そろそろ畑へいかにゃあ」
というて、継ぎ足した鼻をはずそうとした。が、拾ったそれは、ぴったりひっついて、ひっぱっても、手折(たお)ろうとしてもはずれない。
 鼻をひっつかんでウーンと気張(きば)ると、顔が真っ赤になって、それこそ天狗の顔みたいだと。
 天狗岩の上から天狗がそれを見ていて、クスクス笑ったと。
 「いよいよもって面白い若い衆だ。わしをこんなに楽しませてくれたんじゃ、何かほうびをやらにゃなるまいて」
というて、何やら呪文(じゅもん)を唱(とな)え、扇(おうぎ)をサッとひとあおぎした。


 そしたら、若い衆の継ぎ足した鼻の先に、いい匂(にお)いが流れてきた。今まで嗅(か)いだことのない、うっとりするようないい匂いだ。
 鼻をひくつかせて、その匂いのする方へ行って見たら、草のなかに一輪、きれいなきれいな花が咲いていた。
 「はぁ、こんなきれいで、こんないい匂いの花、今まで見たことも聞いたことも無(ね)。珍(めずら)しいから、家に持ち帰って、植えておくべ」
というて、根から掘り出し、包(くる)んで背負子に入れたと。で、さあ帰ろうと振り返ったら、
 何と、目の前に天狗が立っておった。
 「ヒッ」
と悲鳴(ひめい)をあげて腰(こし)くだけした若い衆に、天狗は、
 「これこれ、若い衆、鼻を返せ」
というた。

 
一咲き千人挿絵:福本隆男

 「は、はい」
というて、あわてて背負籠から、今しがた掘り出した花を差し出した。
 「それではない。お前の鼻に継ぎ足したその鼻だ。それはわしのだ。」


 「あっそうだった。この花があんまりいい匂いできれいなものだから、この鼻のことは、すっかり忘れていた。それではやっぱりこれは天狗さまの鼻でござりましたか。そんなこととはつゆ知らず、たわむれたばっかりに、どうあがいてもはずれません。どうしたらいいべか」
というて、あらためて天狗の顔を見たら、鼻が無い。
 「これ、そんなにジロジロ見るな。実はな、ちょいと風邪気味(かぜぎみ)での、鼻がぐずついてならんから、とりはずして天日干(てんぴぼ)しをしとった。


 あまりにぽかぽかしとるので、ついウトウトしとったらしい。鼻が天狗岩の下に落ちたのは知らざった。
 お前があまりに楽しそうに唄い踊っているので目が醒(さ)めた。わしも一緒になって踊った。いや楽しかったの。
 それでな、そのいい匂いの花は、わしからの礼じゃ。受けとれ。
 この花はの、一咲(ひとさ)き千人(せんにん)というて、千人の病人を治す力の備(そな)わった花だ。この匂いを嗅(か)ぐと、どんな病気でも、たちどころに治る」
 こういうと、天狗はついと手を延(の)ばして、若い衆の継ぎ足した鼻を苦もなくもいだ。己(おのれ)の顔につけると、ようやく天狗の顔になったと。

 
「根っこを植え替(か)え、大切にすればもう一咲きはあるじゃろ。この花、どう使うかはお前次第(しだい)。無駄(むだ)にするな」
 というと、天狗はぶわぁっと、どこかへ翔(と)んで行ったと。

 若い衆は家に帰ると、すぐに花の根を植え、その花を持って、病人を治して歩いたと。
 その頃、殿(との)さまのお姫(ひめ)さまも病気で、医者よ八卦(はっけ)よと頼(たよ)ったが、いっこうに治らなかったと。若い衆のうわさが殿さまの耳に届いた。
 家来(けらい)がきて、若い衆をお城に連れて行ったと。

 
一咲き千人挿絵:福本隆男

 若い衆は広い部屋に屏風(びょうぶ)を建(た)て、殿さまや家来たちから見えないようにした。そのお陰(かげ)で、布団(ふとん)に寝ているお姫さまを素裸(すはだか)にしてから、花の匂いを嗅(か)がした。お姫さまは、たちまち快(よ)くなったと。


お姫さま、ふと気づいてみたら、素裸だ。顔を朱(あか)くして布団をかぶったと。
お姫さまの病気が治って、殿さまはじめ、城中(しろじゅう)の者どもが喜んだ。
 若い衆は、たくさんのほうびをもらったと。
 若い衆はそれからもこの村、あの村と病人を訪ねて歩き、千人の病人を治したと。貧乏な家には、殿さまからもらったほうびを分け与え、若い衆の評判(ひょうばん)は、いやがうえにも高まったと。
 あるとき、若い衆が一咲き千人の花の根に水をやっていたら、お城から、家老(かろう)なるお人が訪ねてきた。


 お姫さまの、たっての希い(ねがい)で聟(むこ)どのになって欲しい、という。
 若い衆とお姫さまの婚礼(こんれい)の日は、国じゅうの人々が喜んでくれたと。
 貧しかった若い衆は、やがてお殿様となり、子宝(こだから)にも恵まれて、一生安楽に暮らしたと。

 どんびんからりん すっからりん。

「一咲き千人」のみんなの声

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