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またじろとおしょうさん
『またじろと和尚さん』

― 和歌山県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、和歌山(わかやま)のご城下(じょうか)に珊瑚寺(さんごじ)というお寺があったんだと。
 そのお寺の本堂の床下(ゆかした)には “またじろ” という狸(たぬき)が棲(す)んでいたんだと。
 いったいいつごろから棲みついたのか、何で “またじろ” という名前がついたのか、小僧(こぞう)さんも和尚(おしょう)さんも知らんかったけれど、とにかく二人と一匹(いっぴき)は仲良く暮(く)らしていた。

 
 ある日のこと、お寺に風呂敷包(ふろしきづつみ)を背負(せお)った一人の男が訪(たず)ねてきたんだと。
 「私は京都(きょうと)から来た呉服屋(ごふくや)どすけど、先日ご注文いただいた産衣(うぶぎ)を持って参(さん)じました」
 応対(おうたい)に出た小僧(こぞう)さんは目をパチクリ。


 「うちのお寺は、和尚さんと私の二人暮らし、そんな産衣なんぞ用のあるはずはないしーー何かの間違いと違(ちが)いますかのし」
 「いいえ、確かに和歌山の珊瑚寺から来た、と言わはりました」
 呉服屋さんは、こう言って引き下がろうとせん。
 そこへ和尚さんが出て来て、「これはひょっとすると…」と思い当たることがあったんで、ともかく、お金を払って呉服屋さんを帰らした。
 実は和尚さんは、この頃(ごろ) “またじろ” のお腹が大きいのには気がついていたんだと。
 
 和尚さんは、その産衣を持って床下へもぐっていった。
 そしたら、いつの間に生まれたのか、可愛(かわい)い狸(たぬき)の赤ちゃんが “またじろ” のオッパイに吸(す)いついている。

 
 和尚さんはその産衣を掛けてやり、
 「こりゃぁやっぱり。 “またじろ” の仕業(しわざ)かもしれんな。これから床下は寒(さむ)いので注文したのかも知れん。じゃが、これ、”またじろ” こんなことでお寺に迷惑(めいわく)を掛けてはいかん。ええな」
 そう言って戻って来たんだと。

 ところがその晩(ばん)に和尚さんが、へんな夢(ゆめ)を見たんだと。その夢にはしょんぼりした “またじろ” が出てきて、こう言うんだと。
 「和尚さまぁ、 “またじろ” はえらいことをしでかしました。京都で注文したら、ここまで聞こえんかと思って、子供可愛さについつい注文してしまったのです。もうこのお寺にご厄介(やっかい)になっているわけにはいきません。あすにでも子供を連(つ)れて出て行きます。どうぞお許(ゆる)し下さいませ」


  和尚さんがびっくりして、
 「やっぱしお前だったのか。でもどうやって産衣を注文しに行ったんだ」
と訊(き)くと、 “またじろ” は、いよいよ小さくなって、
 「はい、女の人に化けて行ったんです。本当に申し訳のないことをしました」
と詫(わ)びるんだと。気のいい和尚さんは、すっかり可哀想(かわいそう)になって、
 「よしよし、もういい、一度だけは許してやるよって、ここに居たらいいがな」
と言ってやったけど、 “またじろ” はどんどん遠ざかって行ったんだと。

 
 次の朝、和尚さんは朝のおつとめをしていても、どうも昨夜(ゆうべ)の夢が気になってしかたがない。
 お経もそこそこにして、和尚さんが床下へもぐり込んでみると、巣のあったところはきちんと片付けられていて、 “またじろ” 親子の姿はどこにも見当たらんのだと。

 和尚さんも小僧さんも急にさびしくなった。

 
 それから一年ほど経(た)ったある朝、お寺の本堂の前に、山芋(やまいも)や果物(くだもの)などがどっさり置かれてあるのを小僧さんが見つけた。
 「これはきっと ”またじろ” が恩返しのつもりで届けて来たんだろう。それにしても “またじろ” はどこでどうしているやら」
 和尚さんと小僧さんは、“またじろ” が懐(なつ)かしくってならなかったんだと。
 
 もう そんだけ。

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またじろを想う和尚さん、子を想うまたじろ、ちょっと切なくなりました。( 30代 / 女性 )

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