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じんべえやまのきつね
『甚兵衛山のきつね』

― 茨城県 ―
語り 井上 瑤
再話 藤田 稔
整理・加筆 六渡 邦昭

 昔、常陸(ひたち)の国上岡(うわおか)、今の茨城県久慈郡(くじぐん)大子町(だいごまち)に甚兵衛(じんべえ)さんという年寄りのきこりが一人で住んでおったそうな。
 ある日のこと、甚兵衛さんが木を切っていると、そこへ一匹のキツネが息せききって駆(か)けて来たそうな。キツネは甚兵衛さんのまわりをぐるぐる回ったり、後ろにかくれるようにしたり、必死に何かをうったえようとしているのだと。甚兵衛さんは、
 「そうか、そうか、誰(だれ)かに追われているのじゃな。よしよし今助けてやるぞ」
と言ってぬいでおいた着物の中へ、キツネをもぐり込ませてやったと。 

 
 すると間もなく、そこへ鉄砲を持った猟師(りょうし)がやって来た。そして、
 「じさ、ここらへキツネが来なかったけ」
と聞いた。甚兵衛さんが、
 「そのキツネなら今、あっちへ逃げて行った」
と向こうの山を指さしていうと、猟師は慌(あわ)てて向こうの山を目指して走って行ったと。猟師の姿が見えなくなってから、急いで着物をめくり、
 「さぁ、早えとこ逃げろ。つかまんだねぇぞ」
と言うとキツネは少し走ってから一度振り返って森の中に姿を消したそうな。

 それから何年かが過ぎた。甚兵衛さんは病気になって寝たきりになってしまったと。看病してくれる者もなく、なんぎこの上なしなんだと。
 そうしたある日の事、一人の美しい娘がどこからかやって来て、おかゆを作って食べさせてくれたり、洗い物をしたり、一日中まめまめ世話をやいてくれたと。

 
 「どこのお方か知んねえが、すまねぇなぁ」
と甚兵衛さんが弱々しい声で言うと、娘は、
 「いいえ、これくらいあたり前の事です」
と言うばかりで、どこの誰とも言わないのだと。娘は次の日も、その次の日も、毎日毎日朝早く来て、夜遅くまで看病したと。しかし甚兵衛さんは年も年とて、娘の看病のかいもなくとうとう死んでしまったそうな。娘の知らせで村の人達が集まって、甚兵衛さんを山の中腹(ちゅうふく)にうめたと。うめおえた時には、娘の姿はいつの間にかいなくなっておったと。
 「あの娘さんはどこへ行った」
と大騒ぎして探したけどやっぱり見つからん。

 
 「あの娘はどこの人だっぺ。誰か知らんか」
 「甚兵衛さんの縁つづきの娘かや」
 「いーや。確か甚兵衛さんには身内の人はおらんかったはずじゃ。」
 「不思議じゃのう。誰だっぺ」

 「そういえば、昔甚兵衛さんがキツネを助けたことがあったが、ありゃもしかしたら……」
 「あ、そうに違いねぇ。そのキツネが恩返しに来たんだ。娘に化けて看病に来るとは、えれえ(えらい)もんだなぁ」
と村の人達は口々に驚(おどろ)いたり感心したりしとったと。
 それから後、その山を甚兵衛山と呼ぶようになり、甚兵衛山のキツネのように、世話になった人には恩返しをするもんだ、と子供たちに教えるようになったそうな。

 おしめえ(おしまい)

「甚兵衛山のきつね」のみんなの声

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