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かまいけのゆらい
『カマ池の由来』

― 富山県 ―
語り 平辻 朝子
再話 大島 廣志
再々話 六渡 邦昭

 むかし、越中(えっちゅう)の国、今の富山県のある村に横笛のたいそう上手な若者がおったと。
 若者は炭焼きだった。山の中に小屋と窯(かま)を作り、そこに寝泊(ねと)まりしながら炭を焼くのだと。若者はなぐさみに夜毎(よごと)笛を吹(ふ)いていた。
 若者の吹く笛の音は、夜の山々へ染(し)み渡(わた)り、モノノケさえも聴(き)き耳を立てるほどの、それは美しい調べだった。

 ある夜のこと。
 若者が笛を吹く手を休め、ふと、顔をあげたら、向こうの大岩の上に、この世の者とは思われないほどに美しい娘がいた。
 それからは、若者が笛を吹くと、必ず大岩の上に娘が現れるようになった。


 若者はいつしか娘に心ひかれるようになっていった。そうしたある夜、娘がはじめて若者のそばにやってきた。
 「今夜であなたの笛の音ともお別れです」
 若者は、驚(おどろ)いた。
 「どうしてですか」
 「実は、私は、人間ではありません。遥(はる)か昔からこの山に棲(す)んでいる大蛇(だいじゃ)なのです。あなたの笛の音に誘(さそ)われて、娘の姿に俏(やつ)して聴きに来ていました。ですが、それも今夜まで。長い間の修業(しゅぎょう)を了(お)え、ようやく龍(りゅう)となれる日が来ました。その日が明日なのです。明日は天と地とが継(つな)がるほどの大雨に乗って遡(さかのぼ)ります。天に昇(のぼ)りながら龍になります。このあたり一帯は大嵐(あらし)となり、山は崩(くず)れ、川は大水になります。

 お願いです。どうぞ、明日はこの山を下りて、出来るだけ遠くへ行って下さい。
 ですが、このことは決して村人に話してはなりません。もし、誰(だれ)かに話したら、私はあなたの命を貰(もら)わなければなりません」

 
 言いおわると、娘の姿は夜の暗闇(くらやみ)にスウーと引いて見えなくなった。
 若者は、その晩(ばん)じゅう悩(なや)み続けた。

 「やっぱり、村人に報(し)らせよう。おれの命はひとつ、どうなってもかまわない」

 こう決心した若者は、いっきに山を駆(か)け下りて、村長(むらおさ)に告げた。
 急を告げる半鐘(はんしょう)が打ち鳴らされ、村人たちは村長の家に集まった。相談の末、
 「大蛇が龍になる前に殺す。それには、蛇の一番嫌(きら)う草刈(か)り鎌(かま)を投げつける」
ということになった。
 村じゅうの鎌という鎌が集められた。やがて若者の案内で、皆(みな)して山へ行った。
 娘がいた大岩の周囲(あたり)めがけて、必死に鎌を投げつけた。

 
 すると、にわかに空が黒雲におおわれ、稲(いな)光りがして雷が鳴り、たちまち、激(はげ)しい雨が降りそそいだ。村人たちは、転がるように山を駆け下りた。
 その夜じゅう、嵐の音に混(ま)じって、大蛇がのたうちまわって音が、ズシン、ドシンと響(ひび)いていた。

 朝になった。
 あれほど激しかった雨が止み、音もしなくなった。村人たちが恐(こ)わ恐(ご)わ山へ行ってみると、昨日、鎌を投げたあたりは大きな池になっていた。
 大蛇は、身体じゅうに鎌が刺(さ)さって、大岩を絞(しぼ)るように七巡(めぐ)り半して死んでいた。

 それ以来、その池を、誰言うとなく、カマ池というようになった。
 村をすくった若者の姿は、嵐の夜っきり見た者はいない。

「カマ池の由来」のみんなの声

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悲しい

男の人は、村人にも山をおりてほしくて自分の命は省みず、皆に話したのではないのか。この結末の通り、大蛇を龍にしないためだったのか。男の人がその場所まで案内したのだから退治することを認めていたのだろうか。大雨で山が崩れるのは大蛇のせいではないのに、大蛇を退治した村人の対応にとても悲しい気持ちになりました。( 40代 / 女性 )

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