― 新潟県佐渡市稲鯨 ―
再話 六渡 邦昭
語り 平辻 朝子
むかし、佐渡国雑太郡稲鯨(さどのくにさわたごおりいなくじら)、今の新潟県佐渡市稲鯨(新潟県さどしいなくじら)に六蔵(ろくぞう)という漁師(りょうし)が女房とすんであったと。
六蔵は腕のよい漁師で、船で沖へ漕(こ)ぎ出ると、いつも他の漁師の二倍も三倍も魚を獲(と)って帰って来るのだった。
ある日のこと、未(ま)だ暗いうちから漁に出る支度(したく)をしていた六蔵は、些細(ささい)なことから女房と言い争(あらそ)い、ささくれだつ言葉が飛び交って大喧嘩(おおげんか)になってしまったと。怒ったまま漁に出た六蔵は沖をめざして荒々(あらあら)しく櫓(ろ)を漕(こ)いだ。
挿絵:福本隆男
いつもなら櫓を漕いでさえいれば心も洗われて、陸(おか)での嫌なことなぞすぐに忘れてしまうのに、この日は女房への不満が消えないのだと。櫓(ろ)を漕いで、漕いで、漕いでいたら、いつの間にか沖のシイラ場のツケのあたりへ来ていたと。シイラ場のツケとは、シイラという魚を集めるために竹の束(たば)を浮かせてある場所のことだ。
ツケの所で何かが動いたので、朝靄(あさもや)を透(す)かしてよおっく見たら、なんと、竹の束の片端(かたはし)に、海おんなが腰掛(こしか)けて濡(ぬ)れた髪(かみ)の毛を指ですいていた。
挿絵:福本隆男
噂(うわさ)には聞いていても見るのは初めてだ。
「ううっ」
と、思わず低い声をもらした。
そしたら、海おんなも気付いて、六蔵を見てニカッと笑った。
びっくりするやら、とまどうやらしておった六蔵、とたんに女房のことを思い出した。怒りがめらめら燃えあがってきて、
「この海おんなめ」
といい、ヤスを掴(つか)むや、その胸へズンと突き刺した。
海おんなは胸をおさえ、もがき、苦しみ、恨(うら)めしそうな顔をして、ツケの端から海に落ちて沈んでいったと。
ハァハァ肩で息をしていた六蔵は、やがてシイラを釣(つ)りにかかった。したが、どうした訳か一匹も釣れん。いくらエサをまいても、どんな針を垂(た)れても、さっぱり魚が掛からない。六蔵は、
「今日は面白(おもしろ)くないことばかり起こる」
といって漁を止(や)め、浜に舟を戻したと。
家に帰ったら、女房が縁(えん)から落ちてしんだというて、近所の人たちが集まって、火のついたような騒(さわ)ぎだ。
湯棺(ゆかん)のときに女房の白い胸を見て、六蔵は、はっと息をのんだ。
なんと、女房の胸には、ヤスで突かれた跡(あと)が、なまなましくついてあったと。
こんなことがあるから、漁師は朝の出掛けに喧嘩(けんか)するもんでねぇし、沖に出たときには海おんなに手を出すもんでなぇと、昔から言われておるんだそうな。
いちごさっけ。
民話の部屋ではみなさんのご感想をお待ちしております。
「感想を投稿する!」ボタンをクリックして
さっそく投稿してみましょう!
むかし、あるところに長者があったと。 来客がひきもきらず家業は盛んであったが、働くばかりで、ひと息つく暇もない。 ある日のこと、長者は八卦易者を訪ねて、 「わたしの家には朝から晩まで来客が多くて困っております。お客の来なくなる方法はないものでしょうか」 ときいた。
「海おんな」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜