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ひともっこやま
『一畚山』

― 静岡県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかしむかしの大昔、上野(こうずけ)の国(くに)、今の群馬県に、大っきな、大っきな天狗が棲(す)んでおったそうな。
 こいつがたいくつすると、山奥から大ウチワをあおいで強い風を吹かせ、歩いている人を、コロッと転がせる。はたまた、長い腕をニューとのばしては、後から人をつまんで、はるか遠くの山ん中へ、ポトリと置いて来たりする。その度(たび)にふもとの者たちが
 「天狗に投げ飛ばされた」
 「いや、神隠しだ」
 いうて、大騒ぎ。
 その様子がおかしい言うて、大天狗が大笑いすると、山が、ゴォーと鳴って、森の木々がパキーン、パキーンと折れる。
 いや、もう、大変ないたずら好きだったと。 

 
 ある日、天にいらっしゃる神様達が集(あつ)まって相談ごとをしたそうな。
 「近頃、あやつは、悪ふざけが過ぎるようじゃ」
 「そうじゃ、あやつめがやったことを、人間は、『神隠し』などと言うて、わしらのせいにしとる」
 「どうじゃろな、わしらが下界に下りよいように、高い山をひとつ造ってみまいか」
 「それがよかろ、その山の天辺(てっぺん)から、いつも四方を見渡して、いたずら天狗を取り締まろうかい」
ということにまとまったと。

 そしたら、それを耳ざとく聞きつけた大天狗が、
 「おうい、そこに集まっている神達よう、わしと山造りの競争をすまいか。おれが勝ったら、お前達が造った山は壊(こわ)してしまうが、どうだ」
と、声をかけたと。

 「よかろう。じゃが、お前が負けたら、お前を人間なみの背丈(せたけ)に縮めて、そこから追い払ってしまうぞ」
 「ようし。勝負は、夕日が沈んでから朝日が顔を出すまでの一晩の間だ」
 「よかろう」
と、いうことになって、山造り競争が始まったと。


 大天狗は、夕陽が沈むとすぐに土を掘った。掘った土をモッコに入れ、ひとつ所に運んで、段々高くして行った。
 どんどこ、どんどこ土を運んで、やがて、雲をグンと突き抜けたと。
 「どうだ」
と、神様達の方を見ると、神様達の造っている山は、ようやく雲に届いたところだったと。
 「どうだ、おれの方が高いぞ。あとひとモッコも運び上げりゃあ、よもや負けることはあるまい。どうれ、いっぷくするか」
 大天狗は、秩父の山に腰を下ろし、利根川の水を両手にすくって、顔をザンブ、ザンブと洗ったと。
 「やあれ、さっぱりしたぁ」
 いうて、顔をあげたら、東の空が白みかけておった。

 「おっと、こりゃいかん。急がにゃ」
と、あわててモッコを担いで、山の途中まで登ったときだった。急に周囲(あたり)が明るくなった。


 「はっ」として、思わず後を振り返ったら、丁度、朝日が顔を出したところで、その朝日に照らされて、神様たちの造った山が、雲の上に、高く、高く、そびえたっておった。
 「しまったぁ」
 大天狗は、モッコの土をぶちまけて、どこかへ逃げて行ったと。

 このとき大天狗が造った山が棒名山(はるなさん)で、土を採(と)ったところに水がたまって出来たのが棒名湖だ。最後のモッコをぶちまけたところを一畚山(ひともっこやま)というようになった。
 神様達が造られた山が富士山で、土を採った跡(あと)の窪みが琵琶湖になったのだと。
 天狗の背丈は、このあと、人間と同じ位になったそうな。

 おしまい。

「一畚山」のみんなの声

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