― 埼玉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、馬子(まご)が馬に味噌樽(みそだる)をつけて運んでいたと。
途中に川があったので馬に水を呑ませ、ついでに川原でひとやすみした。
お天道さんは真上にあるし、川風は気持ちいいし、つい、とろとろと居眠りしたと。
しばらくして目を覚ましたら、馬が見当たらん。味噌樽をつけたまま居なくなっていた。
「こらぁ、おおごとだぁ。早よう探さんと、おおーい、馬やぁーい。どこいったぁーっ」
とて、あわててあっち走り、戻ってこっち走り、追いかけたと。
「おおーい、馬やぁーい」
とて、叫びながら駆(か)けていたら、道端の畑に爺さまが一人、菜っ葉の虫取りをしていた。
「爺さま、爺さま、ここへ馬が来なかったろうか」
「へぇっ、何ですかいのう」
爺さま、腰をのばしのばし、耳に手を当てて聞きかえした。
「ここへ、馬が通らなかったろうか」
「へぇ、いいお天気になりましたじゃあ」
「お天気じゃなくて、馬、馬だよ馬」
「へぇっ、馬ですか、馬は飼(こ)うとりません」
「そうじゃなくて、馬がこの道を通らなかったろうか」
「はぁ、そうですか。馬は毎日、通っておりますがのう」
「そうじゃなくって、今日の、ちょっと前、味噌をつけた馬、通らなかったろうかって聞いているの」
「はえ、そうですか。馬に味噌を。はぁ、そうですか」
「そうだ。味噌つけた馬。みかけなかったろうか」
「はえっ、わしは、もう八十になるだが、馬の田楽(でんがく)なんて、はじめて聞いた。うまいんかのう」
ちゃん ちゃん。
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昔はね、どこもかしこも貧しかったでしょ。だから、女子は家のことは何でもやらなきゃならなかったの。縫い物は特にそうね。破れ物の繕いや、着物を縫い上げるなんてのは当たり前のことだった。
「馬の田楽」のみんなの声
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