猿の事が嫌いだったんだね( 40代 / 女性 )
― 埼玉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔あったと。
あるところに爺(じ)さと娘三人とがいてあったと。
あるとき爺さが山の畑で種豆(たねまめ)をまいていたら腰(こし)を痛(いた)めてしまった。木株(きかぶ)に腰かけて、
「今日中に種豆まかにゃならんちゅうに、困ったこんだ。誰(だれ)か替(か)わってまいてくれたら三人居る娘の一人くらい嫁(よめ)にやるんじゃが」
と、つぶやいたと。
そしたら猿(さる)が一匹ヒョコッと出てきて、
「俺がまいてやらぁ」
いうて、種豆、みんなまいてくれたと。
「やあ、こりゃありがてえ」
「爺、約束どおり、娘くれべぇなぁ」
「あ、ああ、やる」
爺さ、娘に聞きもしないで軽約束(かるやくそく)したもんで、家に帰って寝込(ねこ)んでしまったと。
一番姉がきて、
「いつまで寝てたって、腰が楽になるっちゅうもんでもねぇ。起きて茶か湯でも飲んだら」
という。爺さ
「う、うーん。茶も湯もいらねぇ。お前(め)、俺のいうこと聞いて、猿んとこへ嫁に行ってくんねえかい」
というたら、一番姉、
「いうにことかいて、猿の嫁なんて」
とおこって、行ってしまった。
今度は二番姉が来た。
「寝てばっかりいねで、茶でも、湯でも飲んだら」
「う、うーん。茶も湯もいらねぇ。お前、俺のいうこと聞いて、猿んとこへ嫁に行ってくんねえかい」
「いうにことかいて、猿の嫁なんて」
とおこって、これも行ってしまった。
そしたら末娘(すえむすめ)が来て
「寝てばかりいねで、茶でも、湯でも飲んだら」
という。
「う、うーん。茶も湯もいらねぇ。お前言うこと聞いて、山の猿のとこ嫁に行ってくんねえかい」
と聞いたら、末娘
「おれ、親のいうことなら、なんでも聞くから」
というたので、爺さ、心も身も晴れ晴れとして起きあがったと。
何日かして、山から猿が来た。
「爺、この間の約束どおり、娘を嫁に迎えに来た」
末娘は猿について山へ登って行ったと。
猿の家についたら末娘は、
「俺は縁(えん)あってお前の嫁になったけんど、三月節季(さんがつせっき)が来て、節季帰りしないうちは本当の嫁にはなれないんだ」
というた。猿は、
「そんなもんかな」
と、いうたと。
三月節季がきた。猿が、
「節季帰りに、爺に何を土産(みやげ)にしようか」
というから、末娘は、
「爺は餅(もち)が大好きだ」
というた。
猿と末娘は臼(うす)で餅つきをしたと。
「おれの爺さは餅を臼ごともって行ったのが好きなんだ」
「そんなら」
いうて、猿は臼に縄(なわ)かけて背負(しょ)ったと。
里の近へ行ったら、橋のたもとに桜の花が川に乗り出したかっこうで、ぶわっと咲いていたと。
「おらの爺さは桜の花が大好きなんだ」
「そんなら一枝手折って行こう」
猿が臼を下ろそうとしたので、末娘は
「爺さは、土のついた臼の餅は嫌いなんだ」
というた。
猿は「そんなら」というて、臼を背負ったまま木を登ったと。
「どの枝がいい」
「もっと上の」
「これか」
「もう少し上だ」
猿が梢(こずえ)まで登って、「この枝か」といったら「それだ」という。手をのばしたら枝がポキンと折れて、枝握(にぎ)ったまんま川の中へ落ちたと。
猿は流されながら
〽 猿は川に流るるとも
あとに残りし嫁が哀(かな)し
と歌を詠(よ)んで、流されながら沈(しず)んでいったと。
末娘は爺さのいる家へ帰って、仲よく暮(く)らしたと。
おしまい、ちゃんちゃん。
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