― 佐賀県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに蕎麦(そば)好きの男があった。丼(どんぶり)で十五杯も食うのだと。
ある日、男が蕎麦を食うているところへ博労(ばくろう)がきて、
「ほう、いい食いっぷりじゃあ。何杯(なんばい)食えるか」
と聞いた。男が、
「いつもは十五杯食うてる」
というと、
「それはすごい。近在(きんざい)じゃあ並(なら)ぶ者はおらんな。たいしたもんじゃ。ところで、今まで何杯まで食べたことがある」
と、また聞いた。
「二十杯だな」
「ヒョー、すごいもんじゃあ。
どうじゃ、二十五杯は食えるか」
「そんなに食うたことが無いから分からん」
「ほう、二十五杯は無理か」
「食うたことが無いだけじゃ」
「やっぱり無理か」
「そんなこたぁない。食えるさ」
「そうか。いや、さすがだ。それでこそ村一番の蕎麦食いだ。お前が本当に二十五杯食うたら、儂(わし)がひいてきた馬五頭、お前にやる。
どうだ、食うてみるか、二十五杯」
「うーん、今日は食えん」
「なに、明日(あした)でもいいぞ。それとも、やっぱり食えんか」
「く、食えるさ。明日だな、よし」
「そうこなくっちゃぁな。では明日、二十五杯食うたら、あの馬五頭お前にやる。
ところでだ、もしお前が食えなかったらの話じゃが、お前ん家の馬な、一頭おるじゃろ。あれ、儂がもらうが、それでいいかな。儂の馬五頭と、お前のヤセ馬一頭じゃ割の良(い)い賭(か)けじゃろが、どうだ」
「い、いいだろう」
と、いうことになって、蕎麦好きの男は博労と、馬を賭けた勝負をするはめになったと。
蕎麦好きの男は、どうしたら二十五杯も蕎麦を食うことが出来るかと思案しながら、山へたきぎをとりに行った。
そしたら、大っきな蛇(へび)が出てきて、ネズミを呑(の)んだ。ネズミ穴があって、またネズミが出てきたのをパクッと呑んだ。三匹目も四匹目もパクッと呑んで、とうとう十匹も呑んだ。蛇の腹がのどのあたりまでふくらんだと。
「あんなに食うて、蛇は苦しくないのかな」
男が感心してみていると、蛇はのたうつように動いて向うの草むらへ行き、そこの草を食うたと。
そしたらなんと、その草を食べて間(ま)なしに、蛇の腹が細(ほそ)っていった。
「ほう、あの草は腹の中の食い物をすぐに消化する草だったか。こりゃぁ、いいものを見た」
男は、蛇がいなくなるのを待って、その草を刈って家に帰ったと。
次の日、蕎麦好きの男はその草をもって、蕎麦屋へ行ったと。博労が来ていて、すぐに蕎麦の丼を二十五杯並べさせた。
男は草があるので、片っ端(かたっぱし)から食うていった。食うて、食うて、のどまでいっぱいにして、ようやく二十五杯食べおえたと。博労は、
「すごいもんだ。
それにしても、そんなに食うたら、しばらくは動けまい。儂はちょいと馬の様子を見てくる。そのあとで馬の渡し証文(しょうもん)を書いてやろう」
というて、外へ出て行った。
そのすきに蕎麦好きの男は、昨日(きのう)の草を、あわてて食うたと。
しばらくして博労は店の内(なか)へ戻ったと。そしたら、蕎麦好きの男の姿はなくて、二十五杯分のソバが山盛(やまも)りになっているだけだった。
蛇が食うていた草は、人間をも溶(と)ろかす草だったと。
ソバは溶けずに、蕎麦好きの男が溶けてしまったんだと。
博労は五頭の馬と蕎麦好きの男の馬一頭をひいて、どこかへ行ったと。
そいから先はばっきゃあ。
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むかし、ある寺に和尚(おしょう)さんと小僧(こぞう)さんがおったと。 小僧さんはこんまいながらも、夏の暑いときも、冬の寒いときも、毎日、和尚さんより早起きをして寺の本堂と庭を掃除(そうじ)し、その上、食事の支度をしたり日々のこまごました用事までこなすので、和尚さんは大層(たいそう)喜んでおったそうな。
「溶ろかし草」のみんなの声
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