民話の部屋 民話の部屋
  1. 民話の部屋
  2. 世間話にまつわる昔話
  3. 雲取仁左衛門

※再生ボタンを押してから開始まで時間がかかる場合があります。

くもとりにざえもん
『雲取仁左衛門』

― 大阪府 ―
再話 六渡 邦昭
語り 井上 瑤

 昔、あるところに大泥棒(おおどろぼう)がいて、たくさんの手下をかかえて、西から東まで各地の大店(おおだな)を襲(おそ)っておった。
 
雲取仁左衛門挿絵:福本隆男


 用意周到(よういしゅうとう)な手口は、誰(だれ)もが舌を巻(ま)くほどだったと。あらかじめ、手下をねらった大店(おおだな)に住込奉公をさせておき、手引きさせるというものだが、小僧が番頭(ばんとう)になってしまっているくらい長い年月を経て押し入ることもあったそうな。
 この大泥棒がねらった大店は、どんなに警戒(けいかい)を厳重(げんじゅう)にしても、必ず押し入られ、千両万両(せんりょうまんりょう)ときには何十万両という大金を残らず盗まれるのだった。
 ねらわれる大店(おおだな)は、たいていは良くないことをして儲(もう)けていたり、人を人とも思わない強欲だったりしたもので、その大泥棒にいつの間にか雲取仁左衛門(くもとりにざえもん)と名がついた。


 雲取りとは、その正体をあばこうにも、確かなことは何も判(わか)らず、まるで雲を掴(つか)むように難(むずか)しいから、とか、ねらった得物(えもの)はたとえ空の雲さえ盗(と)ってしまうほどだからともいわれ、
 仁左衛門の仁の字は、押し入っても決して人を殺(あや)めないから、とか、ときどき、泥棒とは思えないほど仁厚いふるまいをすることがあるから、ともいわれ、人々は親しみを込めて雲取仁左衛門と呼んでいるのだった。
 大泥棒もその名前が気に入ったとみえ、近頃では、自(みずか)らその名を名乗るようになったと。


 あるとき雲取仁左衛門は、大阪の大きな両替屋(りょうがえや)に目をつけた。
 「この度の働きは、大阪でも指おりの大両替屋だ。みんなぬかるな」
 まえから手下を奉公させて調べてあるので忍びこむのはわけもない。黒装束(くろしょうぞく)の泥棒どもが、あっちにぬっ、こっちにぬっと立っている。番頭をはじめ店の者たちは腰を抜かすほど驚(おどろ)いた。
 仁左衛門が主人(あるじ)の部屋へ入った。
 「主人か、有り金みなもろうて行くぞ。
  殺生(せっしょう)はしたくない、皆に騒(さわ)ぐなといえ」
といいながら、もひとつ奥(おく)の襖(ふすま)を開けさせたら、そこに両替屋の妻女(さいじょ)が幼い男の子を看病(かんびょう)していた。その子は息も絶(た)え絶えで、今にも死にそうだったと。仁左衛門は、
 「その子は、なんの病(やまい)だ」
と妻女に訊(き)いた。

 
 「は、はい、よく判りません。お医者さんにも、もう見はなされて、この子が不憫(ふびん)で不憫で」
 妻女と幼子(おさなご)の様子をじいっと見つめていた仁左衛門は、一人の手下に、
 「おまえ、これから薬屋(くすりや)へ行って、干し山しょうを三合持って来い」
というた。
 「へい」
 その手下がとび出して行くと、別の手下に
 「おまえは、井戸から水を一升(いっしょう)汲(く)んでこい」
と命じた。
 井戸から水を一升はかって持ってきたら、もうそこへ干し山しょう三合持って帰ったと。
 「よし、この干し山しょうを、その一升の水で煎(せん)じて来い」
 別の手下がさっとカマドへ行き、強い匂(にお)いをさせて、煎じて来たと。
 仁左衛門は、黒装束を脱(ぬ)いで裸(はだか)となり、熱くて臭い山しょう汁をひといきに飲んだ。


 「ご妻女、その子をわしに」
 子供を両腕(りょううで)でひきとると、カッカ、カッカ燃えるようになった自分の腹(はら)を、その子の腹のヘソにぴたりとくっつけて、胡座(あぐら)をかいた。そして掛け布団(ふとん)を肩(かた)からかぶったと。
 
雲取仁左衛門挿絵:福本隆男


 しばらくすると、ぐったりしていた子が声をあげて泣き出した。仁左衛門と幼子は汗まみれだったと。
 「これで熱はひいた。もう大丈夫」
 両替屋の主人と妻女は、夢(ゆめ)かとばかりに喜んだ。仁左衛門が妻女に幼子を渡すと、両替屋の主人は、相手が大泥棒であるのも忘れて畳(たたみ)に手をついて
 「このご恩は決して忘れません。ありがとうございます。わずかばかりですが、御礼のしるし」
というて、懐(ふところ)から財布(さいふ)をとり出し、仁左衛門に差し出した。


 仁左衛門が財布の中を見ると、十両のお金が入っていた。
 「お前の子は、たったこれだけの価(あたい)か。こんなものはいらん。こんな病人の子さえいなかったら、家じゅうの金、そうざらえにしてもろうて行く手はずであった。もう時間がない。その子がこんな状態(じょうたい)になっていたのが、わしの不運(ふうん)お前は幸運をつかんだことになる。これが運というもの。お前に運をもたらしたその子を、せいぜい大切にせい」
 仁左衛門は黒装束に身をかためなおし、手下をまとめて、引きあげたと。
 
 あったといや。

「雲取仁左衛門」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

感動

良いね ( 10代 / 男性 )

驚き

雲取仁左衛門が自分が不幸になったのに店の主人に対してとってもかっこよく「お前は幸運になったのだ」と、言うのが「民話の部屋」のお話の中で一番かっこよかったです( 10歳未満 )

感動

雲取仁左衛門は優しいな~( 10歳未満 / 女性 )

もっと表示する
驚き

泥棒をするんじゃなくて、助けてあげて驚き。!( 10歳未満 / 女性 )

感動

雲取仁左衛門さんは本当は心の優しい人なんだと分かりました!( 10代 / 女性 )

感動

TVでは何度も見ています。 しかし、今回の題材は、なるほどと思いました。 下手な語り部をしています。 半年位かけ、この内容を語れたら良いなと思いました。( 60代 / 男性 )

こんなおはなしも聴いてみませんか?

吉四六さんの柿 二題(きっちょむさんのかき にだい)

むかし、吉四六さんが裏の柿の下で薪割りをするためにマサカリを振り上げたら、枝の熟柿が頭に落ちてきたと。てっきりまさかりの刃が抜けて頭に落ちてきたと思うたもんじゃき、「うわぁ、大変じゃ。誰か来ちくりィ。ああ痛え、早う医者を呼んでくりい」と、大騒ぎだと。

この昔話を聴く

朝茶は難のがれ(あさちゃはなんのがれ)

むかし。下野(しもつけ)の国(くに)、今の栃木県のある村に、太郎兵ヱ(たろべえ)というお百姓がおった。ある時、太郎兵ヱは、なーんもしないのに、代官所…

この昔話を聴く

若返りの水(わかがえりのみず)

昔、あったけどな。ある所(どこ)さ、爺様(じさま)と婆様(ばさま)、仲良ぐ暮らし立てでいだけど。あるとき、爺様、山さ柴刈り(しばかり)さ行って、一生…

この昔話を聴く

現在886話掲載中!