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にせのきしゃ
『偽の汽車』

― 長野県 ―
語り 井上 瑤
再話 大島 廣志

 むかし、というても、ちょっとむかし。そう、今から六十年前のこと。長野県の篠ノ井(しののい)と塩尻を結ぶ、国鉄、篠ノ井線の話だ。

 空が曇り、月の見え隠れするある夜、篠ノ井へ向う下り列車が明科(あかしな)を過ぎ、白坂(しらさか)トンネル付近にさしかかったとき、運転士と助手は遠くから汽車の走ってくる音を聞いた。
 この時間、ほかに走る汽車はない。二人が前方を注意して見ていると、暗い中でも、はっきりと汽車の姿が見えた。
 「キ、キ、キ、キシャだ!」
 「ていし―!」 

 
 二人はあわてた。なにしろ、レ―ルが二本しかない単線だから、そのまま進めば正面衝突をする。運転士は急いで、ピ―、ピ―、ピ―と非常汽笛を鳴らし、急ブレ―キをかけた。向こうの汽車も、ピ-、ピ―、ピ―と非常汽笛を鳴らし、急ブレ―キをかけた。やっとのことで二つの汽車は止まった。
 
 フッと溜息をついた運転手は、一安心して、汽車を後戻りさせた。そうしたら、向うの汽車も後戻りをする。前へ進むと、前へ進んでくる。まるで、鏡で映したように同じことをする。


 そのうちに乗客たちは騒ぎ出すし、時間も大分遅れてしまった。どうしたもんかと思っていると、向うの汽車がペカリと消えてしまった。運転手と助手は、
 「何が何だか、さっぱりわからん」
といいながら、また、汽車を走らせた。終着駅についたので、二人は駅員たちに、今夜の出来事の一部始終を話して聞かせた。そうしたら、
 「二人して、寝ぼけたのだろう」
と、駅員たちからは馬鹿にされるし、偉い人からはしかられるし、さんざんな目にあった。
 それからというもの、空が曇り、月の見え隠れする夜は、きまって、同じ場所に、不思議な汽車が現れた。そのうわさが、運転手の間にひろがり、月の見え隠れする夜は、どの運転手も篠ノ井線を走るのをいやがった。 

 
 そんなある夜のこと、下り列車が白坂トンネル付近にさしかかった。そうしたら、案の定(じょう)、汽車の音がして、前方に汽車の姿が見えた。助手が、
 「うわさの汽車が出ました」
と言うと、肝っ玉の太いそのときの運転手は、
 「ええい、進行だ!」
と言って、汽車を全速力で走らせた。向うの汽車も全速力でやってくる。二人が、

 「しょ、しょ、正面衝突だぁ!」
とさけんだら、突然、向うの汽車が消えて、
 「ギャ-」
という声がした。
 翌日の朝、一番列車の運転手は、一匹のキツネが、線路の脇で死んでいるのを見たという。 偽の汽車の正体は、鉄道ができて、すみ家を追われたキツネだったわけさ。

 それっきり。
 

「偽の汽車」のみんなの声

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驚き

ふつにそんなに寝ぼけないとおもう( 10代 / 男性 )

悲しい

産業や交通の発展は、信州の土地を経済的に豊かにしました。しかし、その裏には人知れず犠牲を強いられた人々や自然の営みがあったことを忘れてはいけません。この悲しい狐の話は、それを象徴している気がします…。( 20代 / 男性 )

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