かしこぶち
『かしこ淵』
― 宮城県 ―
語り 平辻 朝子
再話 大島 廣志
再々話 六渡 邦昭
むかし、陸前の国(りくぜんのくに)、今の宮城県(みやぎけん)にひとりの男がおった。
ある日、男が谷川(たにがわ)で魚釣りをしていたと。
ところが、その日はどういうわけか一匹も魚が釣れなかった。そこで場所を変えてみようと、川の上流(じょうりゅう)へ行くと、そこには水の青い、いかにも深そうな淵(ふち)があった。
「よし、ここで釣ってみるか」 男が釣り糸をたらすと、すぐに魚がかかった。面白(おもしろ)いように釣れる。少しの間にビク一杯(いっぱい)の魚が釣れた。男は、
「これはよい釣り場を見つけた。でも、釣れすぎるのも疲れることだわい。ちょいと一休みするか」
と、岸辺(きしべ)にゴロリと、横になった。
一眠りして、なにげなく淵を見ると、淵の中から水グモが出てきた。水グモは、岸辺にねころんでいる男のところへやってきて、クモの糸を男の足の親指にくるりとひっかけた。そして、もとの淵の中へ入って行った。 しばらくすると、また、淵の中から水グモが出てきて、クモの糸を男の足にかけていった。
「はて、変なことをする」
と思って見ていると、水グモは何度も何度も淵と男の足の親指との間を行ったり来たりするのだった。
そうして、いつの間にか、男の足の親指には指の太さほどの糸がしっかりと巻き込まれていたと。
男は、クモが淵の中へ戻ったすきに、足の親指から糸をはずして、そばにあった柳(やなぎ)の木の根っこに糸をひっかけておいた。
そうしたら、淵の底から、
「太郎(たろう)も次郎(じろう)も、みんな来ぉい」
と、声がした。
何事(なにごと)かと思って、男が淵をのぞきこむと、今度は、
「えんと、えんやらさぁ。えんと、えんやらさぁ」
と、かけ声がきこえてきた。だんだんかけ声は大きくなり、
「えんと、えんやらさぁ」
と、ばかでかい声がして、男のそばの柳の木が、メリメリメリーと音をたてて、根こそぎ淵の中へ引きずりこまれていった。
男は、ほっと胸をなでおろし、
「あぶないところだった。柳の木に糸を巻きかえておいたおかげで命拾(いのちびろ)いをした」
と、独言(ひとりごと)を言った。すると、淵の中から、
「かしこい、かしこい」
と声が聞こえてきた。
こんなことがあってから、人々は、この淵を"かしこ淵"と呼ぶようになったそうな。
不思議なことに「かしこ淵」はいろいろな県にある。
まんまん えんつこ さげぇた。
「かしこ淵」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜