「ぼうず」に聞き間違えるのだから商人は、 「そこのぼうぶら、いくらかい?」と言ったのではないか? それなら違和感がない。( 30代 )
― 熊本県 ―
語り 井上 瑤
再話 木村 裕章
昔、七福神(しちふくじん)さんの一人の福禄寿(ふくろくじゅ)さんが、一間四角(いっけんしかく)の小まか家を建(た)てて、昼寝(ひるね)をしとったが、頭が長かけん、頭半分が家から外さん出とった。
ちょうどそのとき、下ん道ば商人(あきんど)が通って、
「ほう、むごう太か南瓜(かぼちゃ)のある。一丁(いっちょう)買(こ)うて戻ろうばい。おーい、そこの南瓜は幾(いく)らかい?」
てたずねたら、福禄寿さんな、寝呆(ねぼ)けち、
挿絵:福本隆男
「そこの坊主(ぼうず)は誰か?」
聞こえたけん、寝たまま、
「フクロクジュ」
って答えらした。
「なんてや?百六十てや、そら高か。も少し、まからんか?」
て商人がいうた。
福禄寿さんな、
「曲がらんか」
て聞こえたけん、
「曲がらんけん出しとる」
ていわした。商人な、
「まからんなら買わん」
ちうて、行ってしもうたげな。
そればっかりのばくりゅうどん。
「ぼうず」に聞き間違えるのだから商人は、 「そこのぼうぶら、いくらかい?」と言ったのではないか? それなら違和感がない。( 30代 )
頭長すぎ!( 10歳未満 / 男性 )
福禄寿の顔が長くて家の中におさまらないという発想の面白さ( 60代 / 男性 )
昔、あるところに七つと十ばかりになる兄弟がおったそうな。母親が死んで、まもなく継母(ままはは)が来たと。継母は性(しょう)のきつい人で、二人を山へ芝刈りにやったり、畑へ肥(こ)え桶(おけ)を運ばせたり、谷川へ水を何度も汲(く)みに行かせたり、朝から晩まで働かせたと。
むがす、むがす、あっどごに貧乏だったげんども、正直で働き者の百姓がいたど。 八十八夜様が来っと、何がなくても餅を搗いて神さんさ上げて、豊作を祈願してたど。 ところが、ある年のこと、不作で飯の米にもこと欠くようで、八十八夜様がやって来ても、餅搗いて上げようもなかったんで、隣近所さご無心して、やっと餅を搗いて上げることができたど。
「福禄寿」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜