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ごたんだのおとめじぞう
『五反田のおとめ地蔵』

― 神奈川県 ―
語り 井上 瑤
再話 萩坂 昇
出典 『かながわのむかし話』第二集
   昭和48年9月20日第二刷
発行 むさしの児童文化の会

 むかし、神奈川県(かながわけん)の岡崎村(おかざきむら)大句(おおく)という所の地主(じぬし)のうちに、たみという下働き(したばたらき)の女ごがおった。
 たみは、働きもんで、心もまるく、地主夫婦もえらく気に入って、ゆくゆくはせがれの嫁(よめ)ごにしようと思っていた。
 せがれもたみが好きで、晴れの日を待ち焦がれておった。
 ある晩、親類(しんるい)のものが集まって、この縁談(えんだん)を話し合った。
 「と、とんでもねぇこった。下働きの女ごを主家(しゅけ)の嫁ごにするなんて」
 「まったくだ。どこの女ごか知らんものに跡(あと)を継(つ)がすなんて、村中の笑い者になるわい」

 
 「そんなことをしたら、お天道(てんとう)さまが西から昇(のぼ)ってくるというもんだ」
と、みんなは口をそろえて反対した。
 たみは、ジッとうつむいておった。
 しばらくは、みんな、口をきかなかった。
 「のぉ、みなのかた。このとおりわしからもお頼みするで、どうか、丸くまとめてくだされ。たしかに前例(ぜんれい)のねぇことじゃが、たみも、うちに来てからまるまる七年。気心(きごころ)もようわかっておるでのう」
 地主は、深か深かと頭を下げた。
 親類のもんは、ボソボソ言い始めた。
 「旦那(だんな)からそれほどまでに頼まれちゃあ、わしら何も言えん。だども、何べんも言うが、たみさんは、下女(げじょ)だでのう」
 「じゃあ旦那、こうしたらどうだぁ。たみは、村一番の働きもんというから、どんくれぇ出来るか、試してみるべ。ちょうど田植えどきじゃ。あの五反田(ごたんだ)を一人で陽のあるうちに田植えをすませたら嫁にしてやるべ」
 みんなの首が、やっと縦に動いた。


 次の日。
 たみは、夜明けを待って五反田に入った。
 田の水はつめたく、たみの手足をつきさすようだった。
 田のまわりでは、親類のもんが、ツンとした目つきで見ていた。旦那とせがれは、心配そうなまなざしで見守っていた。
 たみは、脇目(わきめ)もふらず苗(なえ)をさしていった。昼どきになっても休まなかった。
 空腹(くうふく)とつかれが、ドッとたみをおそって、たみの身体(からだ)は、もう自分のものではないようになっていた。
 <ここで倒(たお)れたら旦那さまやむすこさんに申しわけない。たみっ!しっかりしてっ!>
 たみは、こう自分にいいきかせて、一足(ひとあし)、一足すすんでいった。
 もうひとふんばり、というとき、心ない太陽は、大山(おおやま)の向こうに沈もうとしていた。


 スーッとたみの手元(てもと)に影(かげ)がさした。
 「あっ!陽が沈んでしまう。お天道さま、お願いでございます。もうしばらく待って下さい。そのかわり、私の命はさしあげます」
 たみは、太陽に向かって手を合わせた。
 すると、沈みかけようとしていた太陽は、西から昇りはじめ、五反田を赤あかと照らしはじめたではないか。
 旦那とせがれはホッとした。
 「たみ、ご苦労(くろう)じゃった。早うあがって休みなさい」
 たみは、その言葉になぐさめられるように最後の一株(ひとかぶ)をさしたとき、ばったりと五反田の中に倒れてしまった。
 すると、いままで輝いていた太陽は、山のかなたに落ち、あたりはまっ暗になって、夜空には星がまたたいていた。
 旦那とせがれは、たみをだきおこしたが、たみは、すでに帰(かえ)らぬ人となっていた。


 秋になった。
 しかし、五反田の苗は一粒もみのらなかった。
 旦那と村の人達は、かわいそうなたみを供養(くよう)して、お地蔵(じぞう)さまをたてた。 
 これがな、五反田の近くに今もさみしくたっている「おとめ地蔵」じゃ。

 こんで おしまい。 

「五反田のおとめ地蔵」のみんなの声

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