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てんぐ
『天狗』

― 岩手県遠野市 ―
語り 井上 瑤
再話 佐々木 喜善

 昔、遠野(とうの)に万吉(まんきち)という人があった。
 ある年、※鉛(なまり)の温泉 へ行った時のこと。
 浴場で見たこともない大男が声をかけてきた。
 「お前は、遠野の万吉だべァ。俺(おれ)は早池峯山(はやちねさん)の天狗(てんぐ)だ。今まで、山ん中の木の実ばかり食うていたども、急に白い飯(まんま)が食いたくなって来た。湯治(とうじ)が済(す)んだら、俺も遠野さ遊びに行くから訪(たず)ねて行くよ」
 「それは、それは、是非(ぜひ)来て下さい」
 
 
※鉛の温泉:岩手県花巻市にある温泉

 
天狗挿絵:近藤敏之
 
万吉は、そう返事をして、その日のうちに馬を頼(たの)んで湯治場を立ち去ったと。


 その頃(ころ)町に、東屋(あずまや)という酒屋があった。
 ある日の夕方、見知らぬ大男が来て、酒一升(さけいっしょう)借りたいという。番頭(ばんとう)が、知らない人には貸(か)すことは出来ないというと、
 「それなら俺は、これから早池峯山さ行って銭(ぜに)を持ってくる」
というて、酒屋出て行ったが、それから小一時(こいっとき)も経(た)たないうちに、またやってきて、錆(さ)びた文銭を帳場(ちょうば)へ投げつけて、酒を買って出たと。


 酒屋の番頭は、どうも妙(みょう)な男だと思うて、あとをつけたと。そしたら、万吉の家へ入って行った。男が、
 「万吉、おるかぁ。俺(おれ)だぁ。来たぞう」
と叫ぶと、内(なか)から女房(にょうぼう)が、
 「うちの人はまだ帰って来ませんが、あの、どなたさまでしょう」
 「そうか、ご主人は未だ湯治場から帰って来ぬか。なに、おっつけ帰ってくるべい」
 こういうているところへ、当の万吉が帰ってきた。


 万吉は、自分が湯治場を立つときには、まだそこに居(い)て、湯に入るというていた人が、どうして、馬をとばしてきた俺より先に来ているのだろう。これは本当にただの人間ではない。そういえば、早池峯山の天狗だ、いうておった。もしかしたらそうかも知れん。と、考えて、この男を家にあげて、手厚くもてなしたと。
 その男は、万吉の家で毎日毎日、なにするでもない。ぶらぶらして、白い飯を食い、酒を飲んで寝(ね)る。
 ただひとつ、きまって、一日に一羽、鳥を捕(とら)えて来て、それを焼いて万吉と女房に食べさせたと。そうして、ある日、一言、
 「世話になった」
というて、どこかへ出掛(か)け、二度と万吉の家には来なかったそうな。

 
天狗挿絵:近藤敏之

 その男の残して行ったものが、今でも万吉の家にあるが、小さな弓矢と、十六弁の菊(きく)の紋章(もんしょう)のある麻(あさ)の帷衣(かたびら)のような衣と、下駄(げた)一足である。


 また、この町に、旅の男で天狗、天狗と呼(よ)ばれる者があった。
 月の半分はどこかに飛んで行って居(お)らず、人の知らぬ間に帰って来たりしていた。
 町で病人のあるときなどは、頼(たの)まれて十四、五里も離(はな)れた釜石浜(かまいしはま)へ往復(おうふく)するがあったが、そんなときには町のはずれをヒラヒラと行く姿(すがた)はみとめられたが、あとはたちまち見えなくなったという。


 病人に食わせる魚などを買いに頼まれると、その道を二時間位で往復した。
 これも御維新(ごいしん)の頃の話しだと。
 
 どんとはらい。

「天狗」のみんなの声

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