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うすうったもん
『臼売ったもん』

― 兵庫県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、あるところにひとりの商人(あきんど)がおった。
 あるとき商人は、兵庫(ひょうご)の淡路島(あわじしま)へ行ったと。
 一通り仕事も終え、船着場(ふなつきば)へ歩いて行ったら、道の脇の家の軒下(のきした)でお婆(ばあ)さんがひとり臼(うす)で米をついていた。 

 
 何げなくそれを見た商人の目がキラッと光った。
 「どれ、もうひと商(あきない)していこうか」
とつぶやいて、さりげなくお婆さんに近づいた。
 「婆さんや、えらいごせいが出ますのう。働(はたら)いているところを、ほんまに済まんことじゃが、水を一杯ご馳走(ちそう)してもらえんかなあ」
 「はえ、お水ですかいな。おやすいご用で」
と、すぐに水を汲(く)んできてくれたと。
 商人は、ゆっくり水を飲みながら話しかけた。
 「ところで、お婆さんが米をついていなさる、ほれ、その臼のことやけど、相当使い込んでいなさるようですな」
 「はえ、あれかえ、使い込んでるってわけでもないけど、まあ、使い易い臼だ」 

 
 「そのようですなあ。わしの亡(な)くなったお袋も、お婆さんみたいな働き者でなあ、よう臼を使っておった。なんだか、あの臼を見とったら、しきりにお袋のことが思い出されますわ。ようお袋にいわれたもんです。人をだますような人間にはなるな、ちゅうて。ところが、わしは商人になった。商人っちゅうのは腹のさぐりあいみたいなところありましてな。親の教えが、まんだ身についとりません。因果(いんが)な商売ですな。商人っちゅうは」
 「そんなもんかや」
 「親の教えが身にしみるように、どうじゃろな、お婆さん。あの臼、お袋だ思うて、わしのそばに置いときたいのやけど、譲(ゆず)ってもらえませんじゃろか。百貫銅(ひゃっかんどう)でどうじゃろ」
 「そうかえ、おっ母さんの替(かわ)りかえ」
 お婆さんは、そんな大金で買うというのにおどろいた。半分は殊勝(しゅしょう)なもの言いに動かされた。半分は欲が働いた。淡路で銭百貫(ぜにひゃっかん)といったら大金だ。新しい臼のいくつかは買える。


 「ええじゃろ、譲りましょかえ」
 商談がまとまり、銭百貫がお婆さんに渡された。
 臼は人足(にんそく)の手で船着場に運ばれ、船に乗せられた。

 
 ちょうどそのころ、せがれ夫婦が野良仕事(のらしごと)から帰って来た。お婆さんは得意になって臼を売った話をした。せがれ夫婦も銭百貫を見て目を丸くしている。
 「せめて、お礼を言いたい。その商人さんを見送りに行こやないか」
 船着場にいた商人はあわてた。ありゃ、取り戻しに来たと思って、船頭(せんどう)のふところに、いくらかの銭をねじ込むと、
 「早く船を出しとくれ」
と、せきたてた。
 船は、するすると船着場を離(はな)れた。だいぶん離れてから三人を見ると、三人とも手を振っている。 

 「ふん。戻れと手まねきしても、もう遅いわい」
 船着場の三人の姿が小さくなると、ほっとして、懐中(かいちゅう)からキセルをとり出して一服(いっぷく)つけた。そして、けらりけらり笑いながら、船頭にわけを話し自慢(じまん)したと。


 「この臼はな、伽羅(きゃら)という木で作ったもんでな。京都(きょうと)へ持って行ったら、そうやな、何千貫もの高い値で売れるんじゃ。あの婆さん、何も知らんと、百貫で売ってくれよったわい」
 「するとあの婆さん、せがれに叱られて取り戻しにきよったわけでっかいな」
 「そうやろ。しかし、もう遅いわいな」
 商人は、大きな声で笑ったと。 
 それから幾日か経って、船が淡路島へ帰ってくると、船頭の口から、その話が町の人々にも伝わった。
 婆さんも、せがれ夫婦も、事の次第(しだい)がわかると、地団駄(じだんだ)踏(ふ)んでくやしがったと。
 「ウス売ったもん」という言葉があるが、「何も知らん奴っちゃ」といったふうの言葉だが、その言葉の起こりは、これがはじまりだと。

 いっちこ たあちこ。

「臼売ったもん」のみんなの声

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