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くれのおとめつばき
『呉の乙女椿』

― 広島県 ―
語り 井上 瑤
再話 垣内 稔
整理・加筆 六渡 邦昭

 むかしむかし、安芸の国(あきのくに)は呉(くれ)の浦(うら)、今の広島県(ひろしまけん)呉市(くれし)の呉の港のあるあたりは、三方山(さんぽうやま)に囲まれて、わずかに船で近くの島々と往き来したり、漁をするくらいの淋(さみ)しい村であったと。
 それでも長者と呼ばれる家があって、美しい一人娘がおったと。
 長者の娘への可愛がり(かわいがり)ようはひとかたではなく、ゆくゆくは金(かね)のわらじをはいて、金の太鼓(たいこ)で探しまわってでも、三国一の婿(むこ)を迎(むか)えてやろうと常々(つねづね)考えておったと。
 娘は姫様のように育てられて、年頃になったと。 

 
 その頃この村にひとりの貧(まず)しい若い漁師がおった。貧しいとはいえ、潮風(しおかぜ)にきたえあげられた黒光りのする体と澄(す)んだ眼を持った景色のいい若者であったと。
 長者の娘とこの若い漁師が、どこでどう知り合う(しりおう)たものやら、互いに好き合う仲となり、末(すえ)は夫婦(めおと)になろうと固い約束をかわしたと。
 人の口に戸は立てられん。うわさとなって長者の耳に入った。さあ、長者怒ること怒ること。
 「親の心子知らずにもほどがある。この親不孝者めが」
と怒鳴(どな)って、娘を部屋に閉じ込めると、相手の若者が住むという浜へ行った。そしたら何と、砂浜に立てた小(こ)んまい掘立小屋(ほったてごや)に暮らすほどの貧乏ったれだ。 
 長者の怒りに、更に火がついた。若者に、
 「わりゃ、こげなとこ住んで儂(わし)が娘に懸想(けそう)するたぁ、何さまのつもりじゃ。二度と会うこたならん。どこへなりと去(い)にさらせ」
と、いまにもつかみかかりそうな勢い(いきおい)で悪態(あくたい)をついたと。

 
 娘と若い漁師は、とうてい添(そ)いとげることは出来ないと悲観(ひかん)して、嵐の吹き荒れる晩、お互いの体を固くしばりあって、海に身を投げたと。海は一晩じゅう荒れた。

 次の朝、二人の屍(しかばね)は荒波にもまれて離れ離れ(はなればなれ)になったのか、若者は能見島(のうみじま)に、娘は呉の浦に打ちあげられたと。
 月日が過ぎて、若者が打ちあげられた能見島の浜に一本の男椿(おとこつばき)が芽を出し、それとほぼ同じころ、娘が流れもどった呉の浦でも乙女椿(おとめつばき)が芽を出した。二本の椿はそれぞれの地で大きくなった。そして乙女椿がたった一輪、花を咲かせたと。
 しばらくすると、呉の浦の乙女椿が夜ともなれば怪しいまでに輝く青白い光を放(はな)ち、能見島の男椿は、それにこたえるようにかすかな光をまたたかせる、という噂が、あちこちで聞かれるようになった。
 
 何年かの後(のち)、能見島の男椿は枯れ果ててしまったが、呉の浦の乙女椿は見上げるような大木(たいぼく)になり、一輪だった花を二輪咲かせるようになった。


 呉の沖を通る舟人(ふなびと)たちは、この乙女椿を夜の舟旅の目じるしにするようになったと。
 はかない二人の身の上をいとおしんだ長者は、全財産を投げ出し、この椿の木のそばに祠(ほこら)を建てて娘と若者の霊をとむらったと。以来、人々はこの椿の大木を「お椿さま」とか「椿大明神(つばきだいみょうじん)」と呼んでうやまうようになったと。
 この祠は、添われぬ男女がお祈りすれば、どんな障害でも取り除いてくれ、逆に仲の良い夫婦者がそろってお参りに行けば、「お椿さま」がうらやましく思って、二人の仲をさくそうな。
 いつの頃だったか、お椿さまに仲をさかれた夫婦が、腹を立てて椿の木を伐(き)り倒そうとしたことがあったが、二人は不思議な腹痛(はらいた)を起こし、狂いまわりながら海の中へ落ちて亡くなったと。 
 
 そんなこともあって、誰も椿の木にさわる者はなくなったと。

 まっこう ひとむかし。 

「呉の乙女椿」のみんなの声

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