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かくれざと
『隠れ里』

― 鹿児島県大島郡喜界町 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 “隠(かく)れ里(ざと)”と聞いて、あなたは何を思い浮(うか)べますか?

 戦(いくさ)で敗(ま)けた落武者(おちむしゃ)がひっそりと隠れ住(す)む集落(しゅうらく)でしょうか。

 しかし、昔話での“隠れ里”はそれとは趣(おもむき)がちょっと違(ちが)います。
 昔の人は、この世(よ)とは別の世界(せかい)がどこかにあって、地上と同じような営(いとな)みがある。稀(まれ)に人が迷(まよ)い込(こ)むと、富(とみ)と幸(さち)をもたらしてくれることがある。
 そんな別世界を隠れ里と呼(よ)んでいました。


 隠れ里への入口は、奥山(おくやま)にある大樹(たいじゅ)の洞(うろ)や根元(ねもと)、地面に開(あ)いた穴(あな)や、海辺(うみべ)りの洞穴(どうけつ)の奥だったりします。 
 普通(ふつう)では見ることも、訪(おとず)れることも出来ない隠れ里だからこそ、想像(そうぞう)をふくらませ、憧(あこが)れ畏(おそ)れをもって語(かた)られます。

 そんな不思議(ふしぎ)の隠れ里が日本のところどころに伝(つた)わっています。
 もしかしたら、あなたのそばに突然入口が開くかもしれません。
 この話も、そのひとつです。
 これは昔、鹿児島(かごしま)から南の海上(かいじょう)約(およそ)380Kmにある喜界島(きかいじま)にあったお話。


 志戸桶(しとおけ)の天神泊(てんじんどまり)の渚(なぎさ)に大きな岩(いわ)があって、その岩のところへ、いつも牛(うし)を連(つ)れて行ってはひと休みする男があったと。
 ある日、岩に牛を繋(つな)いでから、その側(そば)でぐっすり眠(ねむ)ってしまった。
 しばらくして、何かの気配(けはい)で目を覚(さ)ましたら、数えきれないほどの蟻(あり)が、牛の曳(ひ)き綱(づな)を曳いて、大岩に開いた穴の中へ牛を引き込(こ)んでゆくところだった。

 「ありゃあ、これはおおごとだ」
 男は、あわてて牛の尾(お)っぽをつかみ、足踏(ふ)ん張(ば)って、
 「止(と)まれ、行くな、戻(もど)れ」
ってやっとったが、蟻たちの力の強いこと強いこと。ずるずる引かれて、とうとう牛と一緒に男も穴の中へ曳き込まれてしまったと。

 
  穴の中の道を行くと、広々とした畑があって、男がひとり居た。して、
 「ちょいと牛を貸(か)してくれ」
というて、その牛でひとしきり土を耕(たがや)すのだと。

 「いやあ、ありがたかった。畑が固(かた)くなって、困っとった。お前の牛のおかげで耕すことが出来た。助かった」
と、礼(れい)をいうた。牛と一緒に穴に入り込んだ男は、ここがどこで、どうしてこうなったかが、未(いま)ださっぱりわからん。
 「牛は差し上げますから、命ばかりはお助け下さい」
と、額(ひたい)を地べたにすりつけて頼(たの)んだと。


 「何を恐れる。心配はいらぬ。御礼にこれを受け取ってくれ。この後も牛を借りるやもしれん。そのときは、また礼をしよう。だが、このことは決して誰(だれ)にも話してはならん。いいな」
といって、皮袋(かわぶくろ)に入った沢山(たくさん)の金の粒(つぶ)をくれたと。来た道をたどり、外へ出て振(ふ)り返ったら、もう道も穴も消えて、いつもの大岩があるだけだった。

 牛を返してもらい、皮袋ももらい、
おかげで男は村一番の金持ちになったそうな。 
 
ある日、酒(さけ)を呑(の)んだとき、近所の者に、
 「お前はどうして急に金持ちになったか」
ときかれた。酔(よ)った勢(いきお)いでつい、
 「天神泊の渚に大きな岩があろう。その岩に穴が開いて牛とともに引っ張り込まれたと思え。穴の道をずうっと行った先に隠れ里があっての、畑を耕しておった。牛を貸してやったら、礼だというて沢山の金をもろうた」
というてしまった。


 「そんなの嘘(うそ)に決まっとる。あそこの岩には穴なんぞないぞ。誰が信(しん)じる」
 「嘘なもんか」
 「嘘でないなら、岩の穴を見せてみろ」
 「あ、いや、それは出来ん。穴は向こうの都合(つごう)でしか開かん」
 「ふん、嘘の方便(ほうべん)だの。嘘っ八め」
 こうまでいわれて意地(いじ)になった。『誰にも話してはならん』といわれていたのに、連れだって、渚の大きな岩までやって来たと。
 ところが、どこをさぐっても、その岩には穴の跡(あと)どころか、裂(さ)け目も無かった。
 それからというもの、ふたたび大岩に穴の道が出来ることは無かったそうな。
 
 隠れ里の話だ。

「隠れ里」のみんなの声

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