この話は、ヘビとカエルとナメクジの三すくみをもとにした話ですね。
― 福島県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
ざっとむかし、あるところに一人の木地師(きじし)の男があった。
木地師というのは、ロクロを使って、木でまるいお椀(わん)や丸いお盆(ぼん)などを作る特殊(とくしゅ)の技術を持った人たちのことだ。
昔の木地師たちは、いつも、木のある奥山に暮らしていて、ほとんど人里にはおりて来ない。特別な仲買人(なかがいにん)だけが、その居所(いどころ)を知っているというあんばいだった。
昭和の中頃になって、木地師の小さな集落が飯豊山(いいでさん)の福島県側の奥山にあるのがやっと判明(わか)って、その集落の地名が初めて地図に記載(きさい)されたということがあったくらいだ。
あるとき、その木地師の男が山道を歩いていたら、道の端(はし)で蛇が蛙を足の方から呑(の)み込もうとしていたと。
男は蛙がかわいそうに思うて、蛇に、
「これ、蛇や、どうぞその蛙を助けてやってくれないか。俺はまだ修行中の身だが、三年経てば一人前の木地師になれる。そしたらお礼にお前を養ってやるから」
というた。
蛇は男をじいっと見たあとで口を開けて蛙を離したと。
「やあ、聞きわけてくれたか。蛇、蛇、ありがとう」
というて、蛙が逃げていったのを見届けてから、男はその場を立ち去ったと。
それから三年、男は修行を重ねて、一人前の木地師になったと。一人立ちして家も建て、お椀の元になる荒削りをしていたら、ある日、きれいな娘が訪ねてきた。そして、
「三年あとに養ってやるとのお約束。どうぞ女房にしておくれ」
というた。男が、
「はて、俺はお前がどこの誰かも知らんのに、そんな約束などした覚えはないが…」
というたら、娘は袂(たもと)で口をかくし、目を細めてじいっと男を見たと。
「ん、その目、その目はどこかで見たことがある。はて、どこで、いつ…だったか。まさか、いや、そんなこと」
「ようやく思い出しておくれかえ、お前さんが蛙を助けておやりになった日のことを」
「そ、それじゃあ、やっぱり、お前はあのときの…」
「はい、あのときの。」
男は三年の間、気にも留めなかった出来事をはっきりと思い出した。確かに養うというた。今更取り消しも出来ん。男はその娘を女房にしたと。
女房にしてみたところが、まめまめとよう働くし、めんどうみもいいし、男は、そこのところは何の不満はないのだが、ときどき女房に目を細められると、やっぱり三年前のあの蛇だ、と思うたと。
それが気病(きや)みとなって、男は、とうとう病気になったと。
ある日、片足をひきずり歩く遍路さんが、男の家の前に立った。
床に臥(ふ)せっていた男は、ここは里の人間が、道に迷ったにせよ、来るような所ではないのに、はて、妙なことだと思うたと。
女房が出てみると遍路さんが、
「この家には床に臥(ふ)せっている病人があるな」
というた。女房が、
「はえ」
というと、
「治し方はあるが知りたいか」
という。女房は掌(てのひら)を合わせて頼んだ。
「ぜひ教えておくれな」
「では教えてしんぜましょう。ですが、聞いたからには女房どの、必ずやりとげなければ病人は気を落とし、病はさらに悪くなりますぞ。やりとげまするか」
「はえ、きっと」
「では。向かいのあの山の頂(うえ)あたりに大きな木があるが、見えるか」
「はえ」
「あの木のてっぺんあたりに鴻(こう)の鳥の巣がある。見えるか」
「はえ、かすかに」
「あの巣の中の卵を病人に飲ませれば病気は治る。とってこられようか、女房どの」
「はえ、そんなことならお易(やす)いこと」
女房はにっこり笑うて、
「遍路さんは、家にあがって、お茶でも飲んでいておくれな。私は今から卵をとりに行ってきます。すぐに戻ります」
というて、さっそく出掛けたと。
女房が向かいの山の頂あたりの大きな木の所に着いて、木のてっぺんを仰ぎ見たら、大っきな巣があった。
女房はあっち見い、こっち見いして、あたりの気配(けはい)を気にしているふうだったが、やがて本性の蛇の姿になって、スルスルと木を登って行ったと。
巣にたどりついたら、卵が三つあった。さて卵を喰わえよう、としたそのとき、鴻の鳥がバッサと空からおりてきて、あれよという間も無く、その蛇とって喰われてしまったと。
男は遍路さんと一緒にその様子を見ていたと。蛇が喰われてしまったら、遍路さんは木地師の男に、
「これで、三年前に命を助けていただいたご恩を、ようやくお返しすることが出来ました」 というて、蛙の姿になって帰って行ったと。
ざっと昔さけえた。
この話は、ヘビとカエルとナメクジの三すくみをもとにした話ですね。
善意が必ずしも相手に良いことだけをもたらすわけではないのでしょうね。 美しくも残酷な面が描かれている物語で色々と考えさせられました。( 40代 / 男性 )
蛇は蛇で、食べようとしていた蛙の代わりに養ってもらえるなら、と、蛙を離したのだろうし、その言葉通り、暫くは木地師の男に養ってもらったのだから、まあ良いのかもしれない。蛙の立場からすれば、必要以上に養い続けたために病気になった男を、蛇の被害者と捉えて助けたのだとすれば、それはそれで恩返しなのだろう。( 40代 / 男性 )
カエルは恩返しをしようとしていたけどそれは仕返しとも捉えられますね、そして一方蛇は言葉通りに来て働いてくれたが木地師が気を悪くしたので蛇は木地師の病を治そうと純粋な気持ちでしただけだったのですがね...。( 10代 )
私は大丈夫でしたし蛇が少し可哀想だと思っただけですが、幼稚園児くらいの小さな子に読み聞かせしたら分からない単語が多かったです。( 10代 / 女性 )
蛇は何も悪くないのに、可哀想だ。( 40代 / 男性 )
あまり悪いへびじゃないのにかえるにだまされて可愛そうでした。( 10歳未満 / 男性 )
むかし、長崎県の山田というところに、十伝どんという男がおったと。その頃、やっぱり長崎の日見の峠に、いたずらな狐が棲んでいて、ときどき人をだましていた…
「蛙の恩返し」のみんなの声
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