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ちょうふくやまのやまんば
『ちょうふく山の山姥』

― 秋田県 仙北郡 ―
語り 井上 瑤
話者 堀井 徳五郎
採集 今村 泰子
整理 六渡 邦昭

 むがし、あったずもな。
 ある所(どころ)に、ちょうふく山ていう大(お)っき山あって、夏のなんぼ晴れた時(じき)でも雲あって、てっぺん見ねがったど。その麓(ふもど)に “もうみき村”てあったど。

 八月十五夜みてぇんた(みたいな)ある月のいい晩で、みな外(そと)さ出て月見してたきゃ、空、にわかに曇って、風吹いてきたど思ったば、今度(こんだ)ぁ雨降るして、しみぁに(しまいに)雹(ひょう)が降ってきたわけだ。それでセエ、あまりおっかねもんで、童(わらし)がたなば(達なんか)、あば(母)の布団の中で小便しにも行がねぇで、寝でだふだ(ようだ)。

 
 したきゃ、屋根(やね)の上(うえ)さ大(たい)したあばれるもの来て、
 「ちょうふく山の山姥(やまんば)、赤児産(ややこう)みしたんで、餅ついであげねば、馬、人、ともに食い殺してしもうぞぉ」
 ど叫(さか)びながら、村中の家の屋根の上、何回も飛んで歩(あ)りたど。

 一時(いっとき)ばかりしたば、カリッと晴れて、またカアカアした月夜になったわけだ。
 夜が明けだば、村中の家、戸開けてこの話でもちきりだ。
 「なんとした」
 「叫んだのはなんだべ」
 「餅つかねでも良(い)かべか」
 ど、あっちこっちで話していだど。
 朝の仕事がおわった時分(じぶん)なったば、肝煎(きもいり)がら
 「村の人みな集まれ」
 ど、ふれが来たわけだ。

 
 「昨夜はどうだ。ひでがったネシ(ひどかったねえ)」
 「肝煎さん、餅ついであげねぇたって、良(え)がんすか」
 ど、相談しだと。して、とうど一軒あたり餅米四合ずつ持ち寄って、餅ついであげるこどにしたども、山姥おっかねぐて、誰れも持って行ぐていう人居ねがったふだ。
 そこで、上(かみ)のだだ八、下のねぎそべの二人いつも威張(えば)ってばかりいるがら、あれ方(がた)さ持って行かせれ、どいうこどになったど。
 肝煎、二人呼んで、
 「手柄して貰うどこだ」
 ど、いったきゃ、
 「持って行くども、誰れか道案内つけでけれ」
 ど、いったど。また、相談した末(すえ)に、七十いくつの、あかざばんば、良かべどて、ばんば呼んで話したば、
 「こりゃあ、ありがたいことだ。なんぼのこった命でもねえがら、村のためになるのだばいい」
 どて、相談まとまったど。
 

 
 して、村の人達餅米ふかし、ペタンコペタンコ餅ついで、二つの半切(はんぎ)りさ入れ、だだ八、ねぎそべが、それかづいで、あかざばんばも側(そば)さついで、いよいよ山さ登って行(え)ったわけだ。
 
 まんず、心の中ではおっかねえ様子で、山姥さ殺さえるがも知れねぇど思ったども、心配な顔(つら)しねぇで一時ばり山さ登ったど。
 足の下さみんなの村見えで、心細くなって来たども、まんずまんず我慢して登って行ったど。したば、急にゴオッど血生臭(ちなまぐ)せえ風吹いで来たわけだ。だだ八、ねぎそべ、
 「これぁ、駄目だぁ」
 「気味悪りでぇ」
 ど、いうもんで、あかざばんば、
 「なんの、なんの。心でそう思えばそうなるもんだ。さぁさぁ、元気出して歩くべ、歩くべ」
 ど云っで、先に立って行ったど。


 一時ばりしだば、今度(こんだ)ぁまた、前(さき)の何倍(なんびゃ)ぁも強い血生臭せぇ風、木の葉、草の上鳴らして吹いできたど。
 あかさばんば、今度ぁ大変だど思ったど。
 しばらくして後(うしろ)見たきゃ、二人ども居ねぇぐて、半切り、重ねてジャンど置いてあったど。
 あかざばんば、がっかりして、
 『おれまで戻っだば、馬、人、ともに食われるがも知らねぇ。したば、村の人さ申し訳ねえし、おればり殺さえでも良え』
 ど決心して、上の方さ登って行ったど。
 だいぶん登ったきゃ、山のてっぺんに、入り口さ薦(こも)下げた粗末な蒲(かま)小屋見えできだど。


 あれぁ山姥の家だべ、ど行って、薦手繰(たぐ)って、
 「ごめんしてたもれ。もうみき村がら、餅持って来たんす」
 どいったきゃ、中さ、四つ五つくらいの童、大きな石持ってお手玉 して遊んでらっけ。山姥、奥から気付いで、
 「大儀(たいぎ)かけだ。大儀かけだ。がら(子供の名前)、がら、ばんばどこさ、足洗う水やれ」
 ど、いったば、
 「はぁい」
 ど、いって、水屋(みんじゃ)の水持って来て、
 「ばんば、足洗って、中さはいれ」
 ど、いったど。

 
 ばんば、足洗って中さ入ったど。したば、山姥ぁ産じょくで寝てあっだど。がらがそのそばにちょこんと座ったら、山姥、寝床からがらの頭コなでて、
 「昨夜(ゆんべ)この児(こ)産んでハァ、餅コ食いたぁぐなって、この児を使いにやったども、村の人さ難儀かげねがったべが。何(なん)た塩梅(あんべ)だったべか、と思ってたどごだ」
 ど、いったど。あかざばんば、
 「餅持って来たども、半切り、あまり重たぁぐて、持って来れなくて、山の途中さ置いて来た」
 ど、いったば、山姥、
 「がら、まんず、ン(お前)が行って餅持って呉(け)」
 ど、いった。
 がら、スウッと出はって行ったと思ったば、なんとその速(はや)いごど、すぐ、半切り持って来たど。

 
 「がら、がら、熊獲(と)ってきて、熊のボンノクボの油とって、すまし餅こしゃえで、ばんばにも食(か)せれ」
と、いったば、がら、また、スウッと出はって行って、熊獲って来たど。
 ばんば、腹一杯御馳走になったわけだ。
 晩げになって、あかざばんば、
 「もう暗くなるで、おら、家さ帰る」
と、いったば、山姥、
 「なに、そんたに急いで帰えるごどねぇべ。おらどごには産じょく扱いの婆もいねぇがら、ニ十一日だけいでけれ」
 ど、いったど。あきらめで居るごどにしだど。
 次の朝、あかざばんばは、明日(あした)こそ殺さえるべど思ったども、次の朝も、その次の朝もなんともねぐて、どうも食われるふでもね。
 山姥の産じょくで汚れだ寝ワラを取り替えでやっだり、洗濯をしてやっだりしで、ニ十一日が過ぎだど。
 

 
 「家でも心配してるべがら、戻りてぇども」
 ど、いったば、山姥、
 「なんと厄介になった。家の都合もあるべがら、家さ戻って呉れ。なんも礼コねぇども、錦一疋呉(け)でやる。これだば何ぼ使ってもセエ、次の日は、また、元の通り一疋になってるなだ。 村の人達さ、なんもねぇども、誰れも鼻風邪ひとつひかねぇように、まめで暮らすように、おれの方(ほ)で気ィ付けてやるでぇ」
 ど、いったど。して、
 「がら、がら、ばんばどごお負(ぶ)って行(え)げ」
 ど、大(たい)した気のつかいようだ。あかざばんば、
 「なに、おらだば戻るの大したごどぁねえがら、お負(ば)れねぇたって良(え)え」
 ど、いったども、がら、背中出して、
 「眼(まなぐ)、ふさいでれ」
 ど、いう。
 

 
ちょうふく山の山姥挿絵:福本隆男
 お負(ぶ)われたきゃ、スウスウと耳のあたり風吹く様だと思ったきゃ、もう、家の前(めえ)さ来てしまったど。


 「がら、がら、休んで行げ」
 ど、いってみだば、もう、がら、いねがっだと。

 家の中さ入っだば、人、ずっぱり(たくさん)いて、葬式でごったがえしているふだ。寺がら和尚さんも来てる。肝煎も来てだど。
 「誰れの葬式だあ」
 ど、聞いだば、
 「あかざばんば、ちょうふく山に行ったきゃ、戻らねぇがら、今日、葬式するどごだあ」
 「おら、戻って来たねえが」
 どで、云ったば、みな、魂(たましい)来たどで驚いだども、そんでねぇごとわかっで、大した喜(よろご)んだ。して、錦見せだきゃ、
 「おれさも呉れ」
 「袋コこしゃるから、呉れ」
 ど、あらかた無(ね)ぐなったども、次の日、また、元の通り一疋になってあったと。


 それがら、村に風邪もはやらねぇふだし、山姥の声も聞がねぇし、みなみな安楽に暮らしだど。

 これきって、とっぴんぱらりのぷう。

「ちょうふく山の山姥」のみんなの声

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驚き

ちょうふく山、が出身である秋田県、旧仙北郡、であることに驚きました! あのへんのかつての村なんておそらく私が住んでいた村くらいしかないかも、、笑 楽しめました☆( 30代 / 女性 )

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