長者の娘の意志がまったく一貫して反映されないのはさすが昔話という感じですが(良くも悪くも当時の結婚観や男尊女卑観がリアルに反映されているのでしょう)、少なくとも権兵衛にはしっかり罰が当たってスッキリ終わって良かったです。長者に拐われた娘さんが幸せでいますように。 眼光鋭い仔牛の挿し絵もとても良かったです。( 20代 / 女性 )
― 山梨県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに、怠(なま)け者でずる賢(かしこ)い権兵衛(ごんべえ)という男がおった。
あるとき、権兵衛が鎮守(ちんじゅ)の森の御宮(おみや)さんでお賽銭(さいせん)もあげんと、
「神様、楽して稼(か)げるすべを授(さず)けてもらえんじゃろか」
と、お願いしていたら、長者どんがやって来るのが、ちらっと見えた。
ここで会うたら何言われるかわかったもんでないから、権兵衛はあわてて御宮さんの裏手(うらて)に隠(かく)れた。
長者どんは周囲(あたり)をうかがってから、賽銭をたんまりはずんで、掌(て)を合わし、
「神様、わしの一人娘が良いところへ嫁に行けますように、どうかお願い申します」
と、願いごとをした。
挿絵:福本隆男
それを聴(き)いた権兵衛は、早速(さっそく)悪知恵(わるぢえ)を働かせ、重々しい声で、
「これ長者、わしは鎮守神(ちんじゅがみ)であるぞよ。そなたの願い、しかと聴いた。叶えてやるぞよ。
いいか、よぉっく聴け。
お前の娘の聟(むこ)には権兵衛がふさわしい。
わかったな。権兵衛じゃぞ」
と、いうた。
権兵衛と聴いた長者どん、いやぁな顔をしたが、神様のおっしゃることじゃあ仕方ない。
「ありがとうごぜえます。そのとおりにいたします。」
というて、帰っていった。権兵衛は、
「長者どんのあの情けない顔ったら。いやあおかしい。トボラ、トボラ帰ったが、こりゃもしかしたら瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)が出るかもしれんぞ。面白れぇことになったわい」
と、ほくそえんで家に戻り、なにくわぬ顔で寝転んでおった。
挿絵:福本隆男
そこへ、身仕度(みじたく)整えた長者どんがやってきて、
「権兵衛、あ、いや、権兵衛…さん、おるかあ」
というた。
「あれ、長者さま。改まった身なりで、一体何ごとじゃろか」
「うむ、その、なんじゃ。唐突(とうとつ)で何じゃが、お前、身を固める気はあるか…な」
「そりゃまあ、あるにはあるけんど…」
「そ、そうか、あるか。どうじゃろ、わしの娘を嫁にもろうて呉れんか…な」
権兵衛は心のなかで <そらきた> とほくそえんだ。美しくて気立ての良い長者の一人娘を嫁にもらえるかと思うと、嬉しくってたまらん。が、そんなことはおくびにも出さんと、
「そんな、長者さま。わしは金もないし、家だってこんなボロ家だ。お嬢様を嫁にするわけにはいかん」
というと、長者どんは、
「金ならば欲しいだけやる。家も新しいのを建ててやる」
というた。
「そりゃまた法外(ほうがい)なことで。けど、どうしてわしなんじゃろかい」
「か、神様のお告げじゃ仕方なかろ」
「なんと、神様のお告げ、とな。それじゃあ仕方ない。もらうことにしよう」
ということになったと。
やがて、嫁入りの日がやってきた。
ところが、花嫁の籠(かご)かきたちは長者どんの家で祝い酒を飲み過ぎたので足が揃(そろ)わん。あっちへふらふら、こっちへふらふら、途中でどうにも動けんようになった。籠かきが、
「長者さま、わしたち、ちょこっと休んだらすぐにお連れするんで、先に向こう方へ行っといて下せい」
というので、長者どんたちは、すぐ近くだし、まぁええか、と先に権兵衛の家へ行ったと。
籠かきたちは、ちょこっと休むはずだったが、ぐっすり眠りこけてしまったと。
そしたら、そこへ、お殿様が馬の遠乗りで家来たちと通りかかった。
籠の内(なか)を見ると、美しい花嫁が座っている。
お殿様は、
「こんな美しい花嫁は他にはおらん。わしの妻にしよう」
というて、花嫁をさっさとお城へ連れていってしもうた。
挿絵:福本隆男
籠の内には、花嫁の替(か)わりに、その辺にいた仔牛(こうし)を入れておいたと。
しばらくたって、籠かきたちがようやく目を覚ました。
「こりゃいかん。うっかり寝過ごしてしもうた」
といいながら、急いで権兵衛の家へ向かった。ボロ家の前では権兵衛や長者どんたちが出たり入ったりして待っとったと。
籠かきたちは、長者どんには腰(こし)を低うして、
「遅くなりやした。只今(ただいま)お連れいたしやした」
というた。権兵衛には、
「じれとったか。ありがたみが増したじゃろ」
というた。
権兵衛が籠の前で待っとったが、一向に花嫁がでてこん。こりゃあ、恥ずかしがっているんじゃろう、と思うて籠の内に誘(さそ)いの手を延べてやった。すると、固い物に触(ふ)れた。牛の角(つの)だと。権兵衛は、
「頭にある固い物(もん)ちゅうたら、そうか、こりゃ立派な櫛(くし)じゃわい」
挿絵:福本隆男
というて、手をずらしたら、牛の背中に触(さわ)った。
「こりゃ、立派な花嫁衣装(はなよめいしょう)だ」
というて、あちこち触り回したと。
そしたら、仔牛が怒って
「モゥー」
ちゅうて、籠からとび出た。そして、権兵衛の家にとび込むと、あっちへぶつかり、こっちへぶつかり、家中の物を全部ぶち壊(こわ)してしもうたと。
権兵衛は、家の隅(すみ)っこで、
「なんぼわしが嫌でも、牛にならんでもよかろうが」
というて、嘆(なげ)いたと。
いっちんさけえ。
長者の娘の意志がまったく一貫して反映されないのはさすが昔話という感じですが(良くも悪くも当時の結婚観や男尊女卑観がリアルに反映されているのでしょう)、少なくとも権兵衛にはしっかり罰が当たってスッキリ終わって良かったです。長者に拐われた娘さんが幸せでいますように。 眼光鋭い仔牛の挿し絵もとても良かったです。( 20代 / 女性 )
最後の権兵衛のボヤきが何回読んでも最高(笑)( 30代 / 男性 )
むかし、ある寺にとんち名人の一休さんという小僧がおった。 この一休さんには、物識り和尚さんもたじたじさせられておったと。 「一遍でもええから、一休をへこませてやりたいもんじゃ」 つねづねそう思っていた和尚さん、ある晩いい考えが浮かんだ。
むかし、あるところに一人の男があった。町へ行ってみると苗木(なえぎ)売りの爺(じ)さまがいたから、桃の木の苗木を一木買ってきて、裏(うら)の畑の端(はた)に植えたと。肥料(ひりょう)をやって、水もやり、早くおがれ、というてその夜は寝た。
「牛の嫁入り」のみんなの声
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