うまい!( 30代 / 男性 )
― 山口県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかし、
長州と土佐と薩摩(さつま)の侍(さむらい)が一緒に道中(どうちゅう)していて、ひとつ宿(やど)に泊まったと。
風呂(ふろ)に入り、食事をして、酒も呑(の)んだ。
三人はほてった身体(からだ)を冷やそうと、出窓(でまど)に腰(こし)かけて外の風にあたっていたら、風が強くなってきた。向こうの松林の木々がゆれている。そしたら、長州の侍が、
「ヒューっちゅう音は、風が鳴るのか、松の枝が鳴るのか、どっちじゃろうのう」
というた。
挿絵:福本隆男
そしたら土佐の侍が、パチンと柏手(かしわで)を打って、
「柏手の音は、右手が鳴るのか、左手が鳴るのか、どっちじゃろうのう」
というた。
そしたら薩摩の侍が、コホンと咳(せき)して、思いっきり屁(へ)をたれた。
「屁の音は、屁風(へかぜ)が鳴るのか、屁口(へくち)が鳴るのか、ハテ、どっちじゃろうのう」
というた。毒気(どくけ)を抜かれて大笑いしたと。
笑いながら長州の侍が松林を見ると、ひときわ高い松の木のてっぺんあたりに、何やら鳥の巣らしきものがある。
「あの松の木のてっぺんの巣は何の巣じゃろうかい」
というたら、薩摩の侍が、
「ありゃあ、鴻(こう)の巣じゃ。いつかも見たことがある」
という。
すると、言い出しっぺの長州の侍が、
「あ、いや、ありゃ鶏(にわとり)の巣じゃった。このあたりの鶏は、野犬(やけん)に襲(おそ)われるんで木の上で眠(ねむ)ると聞いた。うん、間違いない。鶏の巣じゃ」
と、物識(ものし)りをひろうした。
そしたら土佐の侍が、
「ありゃ烏(からす)の巣じゃろ。なんぼなんでも鶏ちゅうことは……のう薩摩どん」
「うむ、ありゃ鴻の巣じゃ」
「いや、烏じゃ」
「うんにゃ、鶏じゃ」
というて、さっき笑いおうたのもつかの間、意地の張り合いになったと。
薩摩の侍が、
「わしゃ、ちょっと小便(しょうべん)してくる」
というて、下におりて行って、
「親父(おやじ)、親父、あの松林の一番高い松の木のてっぺんにある鳥の巣な、ありゃ鴻の巣じゃというてくれ、言うてくれたら一両やる」
というて、宿の親父に一両を握(にぎ)らせ、二階に戻って素知(そし)らぬ顔をしとった。
こんどは長州の侍が、
「わしも小便しとうなった」
というて、下へおりて行き、宿の親父に、
「あそこに高い松の木があろう、てっぺんになにやら鳥が巣をかけちょる。あの巣は、おれは鶏の巣じゃと思うんじゃが、それを他の奴らは、ありゃ鴻の巣じゃあ、烏の巣じゃあゆうてきかんのじゃ。負けちゃおられん。そこで頼みがあるんじゃが…ありゃ、鶏の巣じゃ、ちゅうて言うてくれんか。言うてくれたら、一両やる」
というて、親父に一両握らせたと。
長州の侍が二階へ戻ったら、こんどは土佐の侍が、
「わしも厠(かわや)へ行っちくる」
というて、下へおりて行き、親父に烏の巣というてくれと頼んで、一両握らせたと。
二階の部屋に三人揃(そろ)ったら、また
「鴻の巣じゃ」
「鶏じゃ」
「烏じゃ」
と、意地(いじ)の張り合いだ。とうとう、首をかけることになった。審判(しんぱん)がいる、宿の親父を呼べ、ということになった。三人が三人とも否(いな)はない。
挿絵:福本隆男
宿の親父は両手をもみもみ上がって行った。
「親父、ありゃ鴻の巣じゃろ」
「親父、違(ちが)うわのう、ありゃあ鶏じゃろうが」
「ううんにゃ、親父、烏の巣じゃなあ」
宿の親父、
「は、はい、それがそのう、あの松の木に巣をかけたのは、鴻の鳥でしての、そいで卵(たまご)を生みましての、かえったのを見ましたら二羽の鳥でござりました。まあ、なんですか鶏でござりましての、そのうち雛(ひな)もだんだん大きくなりましたで、それが飛びたって行きよりました。で、あとは、それ、あの通り空巣(からす)にござります」
というた。三人とも毒気を抜かれて大笑いしたと。
これきりべったり ひらのふた。
うまい!( 30代 / 男性 )
むかし、牛方(うしかた)の村に富(とみ)という、いたって心のやさしい若者が住んであったと。富は、九つのとき両親に先立たれて、それからずっと、村の人達にかわいがられて暮らしていたと。
「鳥の巣裁き」のみんなの声
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