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おうじょうのくすり
『往生の薬』

― 山口県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、むかし、あるところに姑(しゅうとめ)と嫁(よめ)とが一緒に暮らしていたそうな。
 姑と嫁はたいそう仲が悪かったと。
 姑は嫁のやることなすことすべて寸足らずに思えてならないし、嫁は嫁でこごと屋の姑とこの先ずうっとひとつ屋根の下に住んでおらにゃならんかと思うと、つらくてつらくて辛棒(しんぼう)出来んようになっていた。
 あんまり姑が嫁をいびるので、ある日、嫁はお寺の和尚さんのところへ行って、 
 「和尚さま、和尚さま、家の姑さんはひどうて、ひどうて、はあ、わたしゃぁ一緒におるのがつろうてなりません。出来るものなら和尚さま、姑さんを往生させて下さいませんか」
というた。和尚さん、
 「なんぼなんでも、まんだピンピンしとる者(もん)を往生さすっちゅうのはな。そら出来んでえ」
というた。 

 
 「そんなら和尚さま、誰れにも知れんように、薬を盛(も)って下さりませえ」
 「ほうか、そこまで思いつめたか。うーん。そいじゃぁ、絶対に人に言うんじゃないで。ええかや。そいからの、にわかに殺すと他人(ひと)が疑うけえ、ぼつぼつ弱ったあげくに、すうっと死ぬるような薬をあげよう。まあ七日(なぬか)もすりゃたいてい弱って、枯木(かれき)が倒れるように死ぬるじゃろう。 そのかわり、七日の間、どんなにつらくとも、せつなくとも、この和尚のいうとおりにするかや」 「はい、七日じゃけえ、どんなことでも」
 「よしよし、そいじゃぁ、これから七日ほど、ご飯に薬をまぜて食べさすんじゃ。そいでな、その間は、姑がどんなことをいうても、はい、はいちゅうて、いう通りにするんじゃ。どんなに無理をいわれても、はいはい言うんじゃぞ」
 和尚さん、こう念(ねん)おししたと。
 嫁は、お寺から帰ってきて、三度三度のご飯のなかに、薬を混ぜては姑に食べさせたと。
 姑から何をいわれても、はいはいで通したそうな。

 
 そうして、どうやら七日間が過ぎた。が姑はなかなか弱りそうにない。それどころか、姑がだんだん無理を言わなくなって、その分優しくなってきたそうな。
 嫁は、“死ぬる前には仏のようになる”とはよく聞く話だ。姑が幾分優しくなってきたのは、死ぬる時期(じき)が近くなってきたからにちがいない、と思うた。

 また、お寺に行って、和尚さんにこのことを話した。そしたら和尚さん、
 「そうか、そうか」
というて、にこにこして聞いている。
 「薬を、もう少し下さいませ」
 「それじゃ、もう七日分あげようかの。そのかわり、また、姑が何をいうても、はいはいって叶えてやるんじゃぞ。こんだぁ、いよいよ薬が効いてきて、死ぬるじゃからの」
 「はい」
 嫁は、家に帰ってきて、また、和尚さんのいわれたとおりにしたと。

 
 そしたら、何日か経ったころ、姑が町へ行って、いい着物を買(こ)うてきた。姑は嫁に、
 「これ、お前に買うてきた。このごろわしにようしてくれているので、わしゃ、嬉しくての」
というた。
 たまげた嫁は、なんもかんも放(ほ)っぽり出して、あわててお寺へ行き、
 「和尚さま、和尚さま、おおごとでございます。早(は)よう姑さんを助ける薬を作って下さいませ。姑さんを往生させたいなんて、とんでもない考えをしちょりました。早よう、何とかして下さりませ」
というて、和尚さんの衣(ころも)をつかんで大騒ぎだと。
 
 「よいよい、そんなにあわてなくともよいわ。姑は死にゃぁせん。
 なぁ嫁さんや、お前が姑のいうことを聞かんから、姑はぐちるのじゃ。お前がはいはいと返事すりゃぁ、姑もかわいがってくれる。


 なぁ、いいかや。人にしてもらうよりは、先に、人にしてあげなくてはならんのじゃ」
 「和尚さま、このたびはそれがようわかりました。これからは姑さんと仲ようしますから、死なんですむ薬を早よう作って下さいませ。今まで、私は心に鬼を棲(す)まわしておりました。なんという恐ろしいことを考えていたもんだか。ああ、おそろしい」
というて、嫁は泣いたと。 
 
 和尚さん、それを見て、にこにこして、
 「泣かんでもよい、泣かんでもよい。姑は死にゃぁせん。あの薬はのう、葛粉(くずこ)じゃった。滋養になりこそすれ、死にゃぁせん。これからは仲よう暮らしなさい」
と、こういうたと。
 心がはれた嫁は、姑と仲よう暮らしたと。

 これきりべったりひらの蓋

「往生の薬」のみんなの声

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