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せんとくのかね
『せんとくの金』

― 山形県 ―
再話 六渡 邦昭
語り 平辻 朝子

 むがし、あるところに諸国(しょこく)を巡り歩いている六部(ろくぶ)がおったと。
 あるとき、山径(やまみち)を歩いていたら喉(のど)がかわいた。腰(こし)に下げている竹筒(たけづつ)の水を飲もうとしたら、わずかな水しか残っていない。

 
せんとくの金挿絵:福本隆男

 「ほい、しもた。こりゃ一度、谷川へ下りるしかないな」
というて、山径をはずれて木立(こだ)ちの中へ分け入ったと。


 そうしたら、布の袋(ふくろ)を拾うた。袋には <せんとくに与える金> と書いてあり、中に小判(こばん)が一枚入ってあった。六部は、
 「せんとくとは、どこの誰かな。とにかくこう書いてあるからには、この金はせんとくのものだ」
というて、その袋を元の所へ置いて谷川をめざした。
 そうしたら、そのあとへ、大きなカゴを背負(しょ)った爺(じ)さがやってきて、落葉(おちば)を掻(か)き集めてカゴに詰めはじめた。小判の入った布袋も一緒に掻き入れたと。


 下の方から見上げていた六部は、
 「あの人がせんとくかな」
というて、そのまま谷川へ下った。谷川で水を飲み、竹筒にも入れて、山径に戻ろうとした。ところが、どこをどう間違(まちが)えたか、行っても行っても径(みち)に行き当たらん。そのうちに日が暮(く)れてきた。
 「はて、困ったぞ」
というて、なおも歩いて行ったら、森の向こうに灯(あかり)が見えた。六部はようやくその家へたどり着いたと。
 家の中には、落葉を掻き集めていた、あの爺さがおった。婆さと、お腹の大きい嫁ごもおって、息子は出稼(でかせ)ぎに行って留守なんだと。
 六部は、みんなからあたたかいもてなしを受けた。


 次の朝、六部が起きたら、爺さが、
 「昨夜はやかましくて眠られねかったんべ。不調法ですた」
という。六部は、
 「なんの、旅の疲れでぐっすりと眠っていたから、何もわかんねがった」
というた。
 「そでしたか。実は、ゆんべ赤ん坊が生まれての」
 「ありゃぁ、そいづはめでたい」
 「はえ、無事に男の子だっす。婆さの名前がおせん。わしの名前がとくぞうだから、二人からひと文字ずつとって ”せんとく” という名前を付けるべと話してたところだ」
 「ほう、これは不思議」
 六部が昨日の出来事(できごと)、布袋と小判のことを話したら、爺さと婆さも驚(おどろ)いた。


 爺さが、昨日のままになっているカゴをぶちまけたら、落葉に混じって布袋が転がり出た。袋には、やっぱり <せんとくに与える金> と書いてある。六部が、
 「これは、神さまがお授(さず)けになった金だ」
というと、爺さが、
 「いやいや、六部さまが先に見つけたんだから、これは六部さまのじゃ」
というた。
 もちろん六部は受け取らん。爺さも受け取ろうとせん。
 「いやいや、もともと私は通りすがりの者。爺さたちはこの地の者。この金は、この地にあったもの。昨日からの奇妙な符号は、やはり生まれたお子への授かりもの」
 こういうて、六部は家を出立しようとした。


 すると、爺さは、
 「そんでは六部さま、焼き飯だけでも持ってって下され」
というて、婆さとカマドへ行って、焼き飯握(にぎ)りを二つこしらえてきた。
 六部は、礼を述べて家を出たと。
 山径を下って行くと、下から息せききって登ってくる若者がある。六部は、
 「そんなに急(せ)いて登ると、くたびれるぞ。ほれ、これでも食うて、一休みせんか」
というて、焼き飯をひとつ渡したと。
 若者は、よほど急いでいるのか、礼は言うがそれを握って行ってしまった。
 その若者は爺さの息子だったと。
 家に着いた若者が、無事に男の子が生まれたのを知って、ほっとして焼き飯のお握りにかぶりついた。そしたら、中から小判が出てきて、びっくりした。

 
せんとくの金挿絵:福本隆男

 その小判は、今朝(けさ)、六部がどうしても受け取らなかったので、爺さと婆さが、こっそり入れて渡したはずのものだったと。
 家じゅうの者、皆して驚(おどろ)いたけれど、その金は、やっぱりせんとくのものになったと。

 どんぺからっこねっけど。

「せんとくの金」のみんなの声

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