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ひだりじんごろうのかきつばた
『左甚五郎のかきつばた』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
採集・再話 今村 泰子
整理・加筆 六渡 邦昭

 むかしとんとんあったんだけど。
 左甚五郎(ひだりじんごろう)が旅していたら、日がとっぷり暮れたと。
 旅籠屋(はたごや)にあがって、旅の間、振り分けに担いでいたノミとカンナと木槌(きづち)、そういうものをひとからげにして番頭に預けた。


 荷がズシリと重いので、旅籠の旦那と番頭は銭がズッパリ入っていると思って、毎日いい酒出して、刺し身よ焼き魚よとて振舞(ふるま)ったと。
 左甚五郎のかきつばた挿絵:福本隆男


 ところが、何日たっても客は帰るとも言わないし、銭(ぜに)を払う風でもない。
 旅籠屋の旦那と番頭はあやしみはじめた。
 「番頭さん、あの荷な、ありゃ本当に銭入っているべか」
 「そっと開けてみんべえかえ」
ていうて、二人して荷物を開けた。すり減ったカンナとノミと木槌なんかがはいっているだけで、銭なんかどこにもなかった。
 「やっぱり人相(にんそう)きついし、ろくな着物着てねし、銭など持ってねと思ってたら案の定(あんのじょう)だ」

 
 旦那と番頭、かりかり怒(おこ)って、甚五郎の部屋に行った。あいさつもしないで、いきなりふすまを開けて、ぶっきらぼうに、
 「お客さん、宿代と呑み食い代、ここらで一遍(いっぺん)払ってくれませんか」
というた。
 左甚五郎のかきつばた挿絵:福本隆男


 そしたら甚五郎、
 「銭は無(な)いが、このあたりに竹林(ちくりん)はあっか」
 「銭は無いって、あんた」
 「心配いらね。竹林はあっか」
 「竹なら内庭にあるけどあんた銭は…」
 「ああほうか、ほんでは安心した」
 「安心したなんて、あんた銭の方は…」
 「んでは明日(あした)っから仕事に掛かっから」
 「仕事にかかるなんて、家(うち)は旅籠屋だから、仕事などしてもらってはこまる」
 「いや番頭さん、短気を起こすな。ここには損させねで置いて行くから」
 旦那と番頭は、客があまりに堂々として物を言うので、様子を見ることにしたと。


 次の朝、甚五郎は竹を伐(き)ってきて削(けず)り始めた。ほどなくして竹差しに入ったかきつばたの花を作りあげたと。して、
 「番頭さん、このかきつばたぁなぁ、水を呉(け)ればパァーと花開くし、かわかして置くと蕾(つぼみ)になる。長く持つから、こいつを表さ飾(かざ)って置かっしゃい。その気のある人は、すばらしく高く買って呉(く)れるから、それを宿代にすればいい」
というた。

 
そしたら番頭は、
 「こんなもの誰(だれ)が買うか」
 「そう腹ぁ立てんと、表へ飾っておきなさい。おれはこれで出ていくから」
 「お前みたいな奴(やつ)は、居れば居るほど損をするから、さっさと出て行ってくれ」
というて、塩まいて甚五郎を追い出したと。
 かきつばたの彫刻(ちょうこく)を、すこしの銭にでもなればと思って、玄関柱(げんかんばしら)に飾った。
 左甚五郎のかきつばた挿絵:福本隆男


 そしたら、そこへ殿(との)さまが馬に乗って朝馳(あさが)けして来て、そのかきつばたが目にとまった。
 家来(けらい)に何事か言いつけた。家来が番頭に、
 「これ番頭、このかきつばたは売り物か」
 「へ、へい」
 「いかほどだ」
 番頭は、あの客の宿代と呑み食い代が、ちょうど三両だったから、指三本出した。


 家来が殿様に申し上げたら、
 「そうか、三百両は安いもんだ。買って参(まい)れ」というた。
 番頭はびっくりした。
 「んだらば、あの客は誰だったべ」
というたら、家来は、
 「これほどの細工(さいく)をするのは、日本中でたった一人、左甚五郎という飛騨(ひだ)の工匠(たくみ)だけだ」
というた。


 さすが殿さま、お目が高かった。
 旅籠屋の旦那と番頭、
 「いや、左甚五郎さまさま、すばらしい腕のお人だ。私はそうではないかと、うすうす気がついてはいたのだ」
 「はいそうでございましょうとも、実は私も、あのカンナの使い込みようはただ者ではねえなと思っていたっけな」
というて、自慢(じまん)しあったと。
 
 どんぴんからりん、すっからりん。

「左甚五郎のかきつばた」のみんなの声

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楽しい

人を見た目で判断してはならないということですな。でも、持っている道具は使い込まれていて名工だった。( 40代 / 女性 )

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