― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 佐藤 義則
整理・加筆 六渡 邦昭
むがす、あるどごろに貧乏(びんぼう)な爺(じい)さまと婆(ばあ)さまがいだど。
爺さまは毎日山で柴(しば)を刈(か)り、それを町で売って暮(く)らしを立てていだったと。
ある年の暮れ、正月支度(したく)の銭(ぜに)コ稼(かせ)ごうとて、柴をいつもより多めに背負(しょ)って売りに行っだど。
「柴コー、柴コいらねすかー」
とて、町の中を歩いたが、誰(だれ)も呼(よ)ばってくれる人アねがっだど。
仕様(しよう)がねぐ、来た道たどって、山の沼コの端(はじ)まで来たら、重くて息が切れだど。
「家さ持ち帰ってもすかたなス。沼コの主殿さ呉るべ」
「申(も)す、申す、沼コの主殿や、お正月の柴コでも使って呉さい」
とて、バシャリン投げ込んだど。みるみる柴コァ沈んだど。
爺さま、それ見届けて、さて帰るべとしだら、うしろで、
「もすもす、爺さま、待ででござれ」
とて、止める人あったけど。
爺さま振り返って見っど、沼コの波の上さ娘の神様(かみさま)あらわって、
「爺さま、爺さま、お正月の柴コありがたかっだ。ほんで、爺さまさ、お礼返すべどで呼ばっだ。今夜、お年越(こ)すでもあんべす。ひとつ御馳走(ごちそう)のお膳(ぜん)コでも授(さず)げんべ」
とて、二揃えの朱塗(しゅぬ)り黒塗(くろぬ)りの膳椀(ぜんわん)さ、ンまい物ば山盛(やまも)りして呉たけど。
爺さまが夢のようで動転しているど、神様ァ、
「お膳コ使いあげたら、また、この沼コさ返して呉ろ。また用立てっから」
とて、ぱらり消えですまたけど。爺さま、
「尊(とうと)い、とォとい」
とて拝(おが)んで、お膳持って帰り、婆様と二人めでたいお年越しのお振舞(ふるま)いコしたど。
明げでお正月になっで、またの御馳走ばいただぐべとて、爺さま沼コさお膳返すべどしたら、婆さま欲張(よくば)って、膳椀を返すの惜すくなって、
「爺さま、お前ばり返してござれ」
とて言ったど。
爺さま、仕方なく一揃いのお膳だけ沼さ返したずも。
そすたらば、それ沈んだぎりで、なんぼ待っででもお正月の御馳走盛ったお膳コァ呉んねがったど。
家さ帰ってみっど、婆さまのお膳もお椀もいつの間にか消えてすまっだど。
爺さまァ、神様の言ったこど守らねさえ、罰(ばち)当っだど。
ドンビン バラリ。
民話の部屋ではみなさんのご感想をお待ちしております。
「感想を投稿する!」ボタンをクリックして
さっそく投稿してみましょう!
むかし、むかし、あるところに太郎狐と治郎狐の兄弟狐があったと。ある日のこと、二匹が連れだって山道を歩いていたら、道端に握り飯が二個、竹の皮に包まれて落ちていた。いい匂いだと。
とんとむかし、土佐(とさ)の安田の奥(おく)の中山に、貧乏(びんぼう)な男がおったそうな。 なんぼ働いても暮(く)らしがようならんき、てっきり貧乏神に食いつかれちょると思いよった。
「沼の貸し膳」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜