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きんかんばんととんち
『金看板と頓智』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、むかし、あるところに韋駄天(いだてん)走(ばし)りの男があった。
 平地はもとより、山に入ってもキジを獲ったり、兎を獲ったり、ものすごく足が速いのだと。走るというより、跳ねてるという方が当たっているぐらいだと。誰れ言うとなく、
 「あの人は、毎日ノミのキンタマ煎(せん)じて飲んでいるんだ。だから、ノミのように足速く跳ねられるんだ」
との評判がたったと。
 あるとき、酒呑み談義で、その話が出、
 「ははあ、なるほどなあ、ンだかも知んない。ンだら、ノミのキンタマはどうやって集めるんだ」
 「そだ、煎じるほどの量、どやって集めるまさか売ってる訳(わけ)ではあるめえ」
 


 「いや、ええ方法思いついた。上山(かみのやま)に万屋(よろずや)善兵衛(ぜんべえ)ていう雑貨屋があるべえ。その万屋という屋号(やごう)は、なんでもあるという意味で、もし、あれない、これないと言ったら、金看板取りはずすと自慢しているほどの店だと」
 「そうか、お前(め)頭いいな。その店へ行って金看板取ってこようという算段(さんだん)だな」
 「それは面白い。よし行くべ」
 と、いう訳で、若者たちが皆(みな)して行ったと。
 「これこれ、万屋、お宅にはノミのキンタマあるか」
 さあ、番頭は困ってしまった。無いと言えば金看板を持って行かれる。有ると言えば売って呉(け)ろと言われる。どうするか、どうするかとよわっていたら、ここに頓知のいい奉公人がいた。


 「はい、ノミのキンタマでございますね。あつかっております。なんでも、ノミのキンタマを煎じて飲めば、足が非常に速くなって、狐・狸の類(たぐい)はすぐに追いついて、手掴(てづか)み出来るようになる、と聞きおよんでおります。
 昨日買って行かれた方(かた)がおりまして、只今(ただいま)ちょうど品切れております。明日お出(いで)になって戴ければ、とりそろえておきますが。」
 若者達は、皆して顔を見合わせた。

 「いかほど入用(いりよう)でございますか」
 「ええっ、たんとはいらね。二升五合(にしょうごんごう)ぐらいもらおうか」
 「そうですか。承知しました」
 「ンじゃ、明日の夕方来るが、ええか」
 「はい、明日の夕方おいで下さい」
ということになって、さて、次の日の夕方、いたずらざかりの若者たちは、また万屋善兵衛の店へ行ったと。
 「昨日頼んでおいたノミのキンタマ貰(もら)いに来た」
というたら、頓知のいい奉公人がニコニコして、
 「入れ物もって来(き)なさりましたか」
という。


 「入れ物って、お宅では袋渡さねえのか」
 「はい、普通の品物は袋に入れてお渡しするのですが、このノミのキンタマだけは、とんでもない品物でして、普通の袋に入れて持って行くと、途中(とちゅう)で破裂(はれつ)してはぁ、何の効果も無くなってしまいますです」
 「ンじゃ、何持って来(く)っどええなだべか」
 「はい、ちょうど二升五合揃(そろ)えましたので、その二升五合入るように、シラミの皮縫(かわぬ)い合わせた袋を持って来てもらわんならね。ノミのキンタマとシラミの皮は、きわめて相性がええくって、その中に入れて行くと、すばらしい効果があると聞いております。そうでないと、必ず途中(とちゅう)で袋が破裂(はれつ)してはぁ、何の効果も無くなってしまいますです。どうか、シラミの皮ご用意して呉(け)らっしゃい」
 いたずらざかりの若者たち、すごすごと引き下(さ)がったと。


 帰る道々、「シラミの皮だとよ」とか「二升五合だとよ」とか「思いもよらんかった」となげいていたと。
 だあれも言い出さなかったけど、もし、シラミの皮も注文したら、どうなっていたべか。

 どんびんからりん、すっからりん。 

「金看板と頓智」のみんなの声

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最後がなかなかの出来ですね。

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